葉山の対話 2023ー2025 30
佐野秋次郎さん Akijiro Sano
佐野秋次郎
1970年、葉山生まれ、葉山育ち。5人兄弟の次男として生まれ、葉山町立上山口小学校、葉山中学校、神奈川県立逗子高等学校、駒沢大学法学部を経て、1994年、葉山町役場に就職。財政課、県教育委員会、学校教育課、都市計画課、福祉課を経て、2019年、政策課長、2025年、福祉部長に就任。
2児の父で、現在は三浦市で妻と2人暮らし。趣味は草野球、お酒、カラオケ。性格は基本的に温厚で社交的だが、じつは慎重派。基本姿勢は「思えば思われる」。
収録:2025年3月12日 @葉山・ハニカム出版局
編集:長沼敬憲 Takanori Naganuma
長沼恭子 Kyoco Naganuma
撮影:井島健至 Takeshi Ijima @葉山町役場
―― あきじさんって、ここで生まれたんですよね。
あきじさん そうです。生まれは葉山の上山口で、上山口小学校、葉山中学校、逗子高校に通って。大学は駒沢大学だったので、東京に通っていましたけど。
―― 葉山から通ったんですか?
あきじさん 2時間くらいかかりましたけどね(笑)。それで、就職が葉山町役場だったので、生まれてからほとんどここで過ごしてきたことになります。
―― 上山口のどのあたりにお家があったんですか?
あきじさん 上山口に水源地入口っていう交差点がありますよね? 水源地入口から坂を下りきったところに「六合木材」っていう材木屋があって、ここが実家でしたね。5人兄弟の2番目だったんですが、家が学校みたいな感じで……。
―― 学校というのは家族が多くて?
あきじさん 家族もそうですが、父親がとても厳しくて、世の中で一番苦手だったのが父親だったと思います。小学校の頃、家出しようと思ったくらいですから(笑)。
―― もともと葉山がルーツだったんですか?
あきじさん 葉山に来て、私の代で3代目ですかね。祖父は名古屋の人だって聞いてますけど、そこから横浜に出てきて、最終的に葉山に移って。長柄にもともと本家があって、上山口に事業所をつくったのが昭和42年だったようです。
―― そこが住まいでもあったんですね。
あきじさん はい、事業所兼社宅だったんです。職場が家だったから、父親の存在が大きかったんでしょう。いまでも普通に敬語で喋れるのは親の教えだと思っていますし、とにかく言葉遣いにすごく厳しかったですね。
―― 上山口にはいまも里山が残ってますが、あきじさんの原風景はどんな感じだったんでしょう?
あきじさん 変わったところは変わりましたけど、上山口は市街化調整区域でしたから、海側よりは変わってないかな。
水源地橋から下山川を少し下流に行ったあたり、下上線から見える里山が原風景のイメージですかね。いまも当時の雰囲気が残っているように思います。
―― 大学に入って、東京で就職しようと思わなかったんですか?
あきじさん いまの子たちはすごくしっかりしてるなと思うんですけど、僕の場合、大学には5年ほど通っていて(笑)。これは6年間行ったほうがいいかなという感じだったので、前期に就職活動とか全然やってなかったんです。
ただ、野球が趣味だったんですよ。中学高校が野球部で、大学時代も地域で草野球をやっていて、役場が強かったんですね。僕はその役場を倒そうということでつくったチームに所属していたので、「就職どうしたんだ? 役場を受けろよ」って声をかけてくれる役場チームの方が結構いたんです。
―― じゃあ、その流れで?
あきじさん そうですね。バリバリ公務員を目指してちゃんと勉強してみたいな話が全然なくて(笑)。
あとは、当時、守屋大光町長の一期目だったんですが、選挙の対策本部長を叔父がやっていて、大学生の時、選挙のお手伝いをしていたんです。そういう経験もあって、(役場に)ちょっと馴染んでいるところはありましたね。
葉山町役場

葉山町 https://www.town.hayama.lg.jp/

葉山町の行政区。あきじさんの生まれた上山口地区(写真)は、山側のエリア。多くが市街化調整区域に含まれるため、里山などの原風景が比較的残っている。
市街化調整区域
都市計画法に基づき、市街化の抑制(開発の制限)を指定されたエリア。上山口は大部分が該当している。
―― 実際に公務員になって、お仕事としてどうでしたか? 違和感はなく楽しくやれたんでしょうか?
あきじさん 入った時は、やっぱり「硬いよね」っていう印象はありました。正直言うと、99パーセントがルールで決まっている、その歯車の一つでしかないので。
―― 入る前からそういうイメージがあったんですか。
あきじさん 全然、イメージは何もなかったですよ。
―― 最初はどこの配属に?
あきじさん 財政課の契約検査係です。財政課は予算をつくる財政係と、高額契約をする契約検査係というセクションがあって、僕は契約検査係のほうでした。
当時、下水道事業などが始まったばかりだったこともあって、何億っていう高額契約を担当したり……。
―― 入っていきなりですか?
あきじさん そうなんです。いまみたいにデジタルで資料が揃えられる時代じゃないので、一般競争入札だと、その資料の貸し出しだけで一ヶ月とかかかったりするわけですよ。いろんな業者さんが来て資料を借りて、(資料を)青焼きっていう感光紙で焼いて渡して、そういう時代ですね。
―― 戸惑いもなくやれたんですか?
あきじさん 3年経たないで辞めようと思いました(笑)。役所自体は水が合っていたんじゃないかと思うんですけどね。というのは、僕はルール好きだったので。
―― ルール好き?
あきじさん 契約制度をきちんと行うために法律の勉強をすると、その時の役場の契約システムに気になるところがでてくるんです。
いまなら、いろんな兼ね合いがあって、そういうやり方をしないと仕事が回っていかないとか、事情がわかってくるんですが……、当時、入ったばかりの若者が生意気なことばかり言ったので、他の部局と揉めたりして。
―― それでやめたくなったり……。
あきじさん やっぱり若い頃の熱意ってあってほしいなって、いまでも思うんです。青臭い正義みたいなものがないと、人って成長しないなって思うんですね。
若いからこそ、正論を正論として恥ずかしげもなく言える、自分で考えてるから、そういう主体的な意見が出てくるわけです。だから、若いうちから知ったふうなことを言う人って、僕はあまり信用したくないですよね。
―― 確かに忖度ばかりは若者らしくないですね。
あきじさん まあ、そうは言っても、いまの立場になると、頭にくることもありますけどね(笑)。


―― やめようと思ったのを留まったのは、なぜなんでしょう?
あきじさん 葉山出身の先輩が私が短気なことをよく知っていて、「すぐにやめるとか言わないで、もう少し様子を見てみれば」って言ってくれたんです。
その先輩の存在が大きかったと思いますね。
―― 言いたいことを言うのは子供の頃から?
あきじさん 変わらないですかね。
―― 組織のなかで変わらずにいられるのはすごいなって。
あきじさん カタルシス効果っていうんですか。ストレスをためないようにするには、嫌なこともいいことも、みんな人に話すことだと思うんです。
―― それがなかなかできない人もいるじゃないですか? うまくやれてきたのは何だったんですかね。
あきじさん やっぱりノンポリっていうのかな、自分のなかに「こうじゃなきゃいけない」って思うことがないのも、ストレスがたまらない理由の一つかもしれないですね。
わりと正論的なことは言うけど、「絶対にこうだ」という主張があるわけでもない。
あとは、相手がして欲しいことの真意を汲み取りながら、それをどういう形にしたら、その人が気に入るように実現できるんだろうって企画するのは得意かもしれません。
―― その感覚はどうやってつかんでいったんでしょう?
あきじさん 最初に話しましたが、僕の場合、家では父親に気に入られないと生きていけなかったので、「気に入られるにはどうしたらいいんだろう?」とまず思うわけです。
一番自分が苦手とする人が基準だったから、世の中の人はみんな良い人に見える(笑)。
―― そこまで影響があったんですね。
あきじさん 大家族でもあったから、そのなかで力関係を学ぶところもあったのかなって感じますね。
―― それが仕事に活きたところもある?
あきじさん この人に嫌われたらまずい、逆に好かれたらやりやすくなる、そういう人っているじゃないですか。
ロシアンルーレットじゃないけど、嫌われるより好かれるほうに行動を取れるといいですよね。それは、「そういう人はいったい何を好むんだろう?」って考えて、そういう言葉をかけたり、行動をとることが大事だと思うんです。
―― それがストレスになることもないですか? あきじさんは、そんな感じじゃない気がしますが(笑)。
あきじさん 人に喜ばれるのが好きだからでしょうかね。それが自分にとって好きなことだから、結局、その人が喜んでくれれば、それは自分にとってもプラスなんです。
カタルシス効果
心の中に溜まったネガティブな感情を言葉や行動として吐き出すことで、心の緊張を解くこと。
―― 財政課に最初に配属されて以降、これまでどんな部署を経験されてきたんですか?
あきじさん 財政課には6年いて、そのあとは県に出向して教育委員会に2年、それから学校教育課に3年、都市計画課に10年半、福祉課に3年半、いまの政策課に6年……、そのなかで一番好きだったのは福祉課でした。
―― 福祉課が一番なのはなぜ?
あきじさん それは、福祉課に相談に来られる人って困っている人が多いから。何かしてあげるとすごく喜んでくれるからですよ。
―― めっちゃわかりやすいですね。
あきじさん 特に地域福祉のような領域では、自分たちの地域を良くしていこうっていう人たちはいるけど、それだけではうまく回らないところもあって。行政の支援って必要だと思うんです。だから、「ここは何とかしてあげたいな」って思うことがあると、意外と大胆なことをやっちゃうんですね。
―― 大胆なこと?
あきじさん たとえば、一色に「町民いこいの家」ってありますよね? ここの四畳半の部屋が空いていたので、「地域福祉に一生懸命取り組んでいる人たちに、事務所のように使ってもらえたらいいな」って思ったんです。
―― いこいの家って、どんなふうに利用されているんですか?
あきじさん 当時、空いていれば誰でも利用できたんです。ただ、それだと使い勝手がよくないですよね。だから、まず登録制度を入れて、予約制をつくることから始めて……。
―― 何も決まりがないと、逆に使いづらいかもしれないですね。
あきじさん はい、「行ってみたら誰かが使っていた」ということだってあるでしょうから。ただ、エアコンが4部屋のうち一つの部屋にしかついてなかったんです。
いこいの家は一色と堀内にあるので、それぞれすべての部屋に入れようとすると、100万円くらいかかってしまう。
だから、鍵開けや清掃など、建物の管理に使っていた費用を削って、エアコン代を捻出したんですよ。「鍵は自分が開ける」っていう、無茶な設定をつくって(笑)。
―― すごい。それでやれたんですか?
あきじさん 一人でやれたわけではないですよ。病気になることもあるし、休む時だってあるから、福祉課のみんなが代わりに鍵を開けに行ってくれたり。まあ、自分がやりたくてやったので、全部自分の都合なんですが(笑)。
―― いやあ、なかなかやれないことだと思います。どういう思いがあったんでしょう?
あきじさん 要は、地域福祉を盛り上げるっていうことですよね。それが自分の命題だったし、福祉課に配属された2015年頃は、社会もそれを求めていたんです。
地域の人たちが主体的になって取り組む動きがあるなかで、行政もそこに関わって、縁の下の力持ちの役割をしなきゃいけない。そのことに気がついて、夢中になったんです。そうすると多少強引だなって思うようなことも……。
―― あまり縛られすぎず、うまく融通を効かせて。
あきじさん 行政の仕事って、みんなそうじゃないですか。そういう気持ちでやっていけば、町民の方が喜んでくださることも増えてくるだろうし。
もちろん、全部がそうだと成り立たないので、ほんの一部でいいんです。できないってルールで決まっていることは、やっぱりやってはいけないって思うんですけど、弾力規定が置かれていたり、グレーなゾーンも結構あるんです。
だから、「◯◯のときはこうする」っていう但し書きがあったりすると、それはうまく利用しますよね(笑)。
―― ああ、利用する(笑)。
あきじさん ある先輩に言われたんです、「できそうもないことをできそうもないなんて、誰でも言える」って。
そのできそうもないが本当にできないことなのか? 難しい仕事ですけど、たとえば、「これをやりたい、何かいい策はないのか?」って言われたら、そのやりたいことができるように、ルール的にも説明がつくやり方を見つけていくんです。
―― そこにやりがいや、面白さがあるのかもしれないですね。
あきじさん 根本となるルールをちゃんと把握したうえで、それ以外の弾力条項の使い方も把握しているっていうのが、行政マンとして理想かなと思いますね。
葉山町の組織図


いまの政策課に6年……
今回の対話は2025年3月に収録。その後、あきじさんは、同年4月に政策課から福祉課へ異動、現在は福祉部長をつとめています。
町民いこいの家
https://www.town.hayama.lg.jp/asobi/hayama_profile/kaikan/index.html
改元記念式典・奉祝コンサート(2019年10月)
東京五輪・英国チームお見送り(2021年10月)
町制施行100周年記念式典(2025年10月)
―― いろんな部署を経験されてきましたけど、福祉課以外に印象に残ったところはありますか?
あきじさん 都市計画課に10年半ほどいたんですけど、この時期、労働組合の幹部をやっていたんです。じつはそれが、仕事にすごく役立っているんですよ。
―― 仕事に? どういうことが?
あきじさん 交渉ですね。これが、めちゃくちゃディベートの訓練になるんです。
たとえば、人事と給与のことで交渉する場合、人事の担当者は仕事でやってるから何でも知っているわけですよ。だから、それ以上に勉強しておかないと論破できないじゃないですか。そうすると、こっちもすごく勉強する。
それから、(組合をやっていると)自治労という組織に入っている仲間がいる。民間の人はあまりいいイメージを持ってないかもしれないですが、労働者側でいうと団結することで、いろいろな情報が共有できるんです。
―― 職場の枠を超えた情報やノウハウが得られるんですね。
あきじさん はい。そうやって情報を集めて、勉強をして、圧倒的な情報量で交渉に臨むわけです。
―― すごい、そういう世界なんですね。
あきじさん その後、福祉課に配属になって窓口業務もするようになったんですが、見ていてトラブルが起こる時というのは、必要な知識が足りないか、相手とのコミュニケーションの取り方が足りないか、どちらかなんですよ。
―― クレームしても、要領を得ない時ってありますよね。
あきじさん まず、相談に来られた方の伝えたいと思っていることを受け止めて、「どこで怒られているのか」をきちんと理解することが大事なんです。
それができていたら、きちんと謝ればいい。もちろん、こちらに非がある場合ですけどね。
私は謝るのは得意ですから、堂々と謝っています(笑)。
―― 対話の場合も、ただ主張するだけでなく、「前提を揃える」ことが大事だって言われています。
あきじさん 本来、そういうものですよね。交渉の場でも、ただ自己主張すればいいわけではなく、必ず落としどころを見てきましたから。ここで落とせば相手も飲むだろう、こっちも納得させられるだろうっていう見立てですね。
―― その後、福祉課を経て政策課に異動するわけですよね。政策課って、町の行政の中心のような印象があるんですが。
あきじさん 福祉と政策って全然リンクしてないですし、正直言うと、特に希望していたわけでもなかった。そもそも、もっと福祉課にいたかったんですよね。
―― 異動するとは思っていなかった?
あきじさん タイミング的にもそうですが、組合の執行部の時、町長にも結構悪態をついてるんですよね(笑)。まさかそんなやつを自分の近くに寄せるって思わないじゃないですか。
―― それは想像するにどんな感じなんですか?
あきじさん 遠くにいられると邪魔だと思ったんじゃないですかね。近くに置けば、言うことを聞かせられるし(笑)。
―― 政策課ってどんな部署なんですか?
あきじさん 政策課には、企画調整係、秘書広報係、協働推進係という3つの係があって、このうちの秘書広報係は、町長の秘書と広報を担当しているんです。特に広報は、山梨町長がとても大切にされていますよね。
それから、町の最上位計画にあたる総合計画であったり、行政評価や事務事業評価など、行政の中枢を担うのが企画調整係、町民の方々と町づくりを進めていくのが協働推進係です。
私は政策課長として入っているので、所属長として3つの係のマネジメントが中心になります。
―― ことしで6年ですよね? 振り返っていかがでしょう?
あきじさん 福祉課の時代に大事にしてきた「町民の皆さんにいかに喜んでもらうか」とは少し離れてしまうんですが、(政策課の課題は)行政改革や総合計画などと連動させながら、「行政をシステマチックにどう動かすのか?」なんです。
予算のことも含めて、ここがきちんとやれないと、町民の皆さんに害が及ぶことになってしまう。
―― 問われる課題の規模が大きそうですね。
あきじさん 難しいなと思うのは、たとえば、いま町民の皆さんに「いま、財政状況は悪いんですか?」と聞かれても、(葉山町の場合)そこまで悪い指標って出てはこないわけです。
だから、「将来のことを考えて、ちょっと我慢してください」とは言いにくい。とくに政治家は、私たち行政マン以上に説明しづらいところがあると思うんです。
ただ、現実を見ていけば、人口の減少のスピードが加速していて入り物(税収)は減っていくだろうし、先々のことを考えるとそんなに余裕はないわけですよ。
―― いまの行政サービスを維持するのも難しくなってくる?
あきじさん 公共施設の再編の話もありますし、できるかぎり無駄は省いたほうがいいと思う。将来的には、町民サービスの一部を民に任せる必要も出てくるでしょう。
そういうコントロールをする部署が政策課であり、政策財政部であるはずなんですけど、政治に近い側面も多いので難しさを感じることも結構ありますね。
―― あきじさんの理想としては……。
あきじさん 要はバランスだと思うんですけど、やっぱり将来の危機にきちんと対応しようとしたら、もう少しスリムな行政が必要なんじゃないかなって思います。「あれもこれもが少し多いんじゃないか」って思うところはあるかな。
―― なるほど。かなり広い視野で判断する必要がありそうですね。
あきじさん そうですね。でも、大丈夫ですか、こんな話していて。そう言いつつ、さらけ出して話しているんですけど(笑)。
第五次葉山町総合計画基本構想・第1期基本計画(デジタルブック)より
https://x.gd/UseOR
総合計画
現在、2025〜2040年度を計画期間とする「第五次葉山町総合計画」の「基本構想」、2028年度までを計画期間とする「基本計画」の第1期が策定され、毎年見直される「実施計画」に反映されている。
―― あきじさんは、思ったことを率直に話されますよね。
あきじさん つい数日前、NPOの人たちと話していた時も、似たことを言われました。破天荒だって(笑)。
―― さらけ出すっておっしゃいましたけど、オンとオフ、あまりモードが変わらないのでは?
あきじさん 同じモードかもしれないですね。
―― 仕事だからと特にスイッチを入れるということも?
あきじさん ないかなあ。ただ、行政マンなので細かいところもあって、「課長、いつもはこんなこと言わないのに」って部下に思われることはあるかな。
要は、ポイントは押さえてくれないとっていう……。
たとえば、僕自身が長く関わってきた、町民主導のプロジェクトがあるんですが、町民の方は仕事が忙しかったり、我々ほど事務が得意じゃなかったりするじゃないですか。
もちろん、活動を周知するにあたって、我々ほど情報は持ってないし、そういう術があるわけでもない。
そういう背景で担当者に「この情報を使わせてほしい」と要望があっても、町としては「できないことはできない」って杓子定規になりがちなんですね。
―― 確かに公的な情報をそのまま渡せないですよね。
あきじさん もちろん、そこはわかってますが、でも、「なんとかこの企画を成功させたい」ということに対して、行政がどこまで寄り添えるか? 担当者として、どうしたら望みが叶えられるか、もう一歩踏み込んで欲しいわけです。
僕にはそこが足りなく見えて、イライラしたんですね。
―― ルールはあっても、それがすべてではないから……。
あきじさん そう。「仕事ができることと、人間関係と、どちらが大事か?」という問いかけってありますよね?
どちらも大事ということなんでしょうが、僕は最終的には「仕事って人間がやるものだ」と思っているんです。人間力を磨くって言うと、何を人間力と言うのか難しいですし、すべての人が「この人は良い人だな」ということもない。
でも、どこかに人間力の本質ってあるんじゃないか。それが優しさであったり、相手の立場に立って考えることであったり、自分のできることに全力を尽くすことであったり、そういう人が良い仕事ができるんだと思いますね。
―― ロジックとハート、どちらも大事ですが、最後はハートなのかなということですね。
あきじさん はい。まずそこがないと、いい仕事ができないんじゃないかなって感じています。
―― あきじさんは、葉山という町に対してどう感じていますか? いろんな自治体があるなかで、過ごしやすい町、良い町だというイメージはあると思うんですけど。
あきじさん たとえば、住み続けたい町ランキングで5年連続1位であったり、総合計画のアンケートでもこの町が好きという人が多かったり、結果が出ていますよね。でも、自分としては「どうしてなんだろう?」と思うわけです。
―― まず、どうしてなんだろうと?(笑)
あきじさん 生まれ育った自分からすると、やっぱり不便な町だと思うし、別に何があるわけじゃない。
いまは三浦の初声に住んでいるんですが、ここもとても住みやすいし、みんないい人たちだなって感じるから、葉山を特別に愛しているかと言うと、どうなのか?
「葉山で生まれ育って、葉山で公務員になって、一生懸命仕事していて、葉山を愛してるんですよね」ってよく言われるんですが、正直、自然の成り行きなんです。
―― 特別好きでもないけど、嫌いでもない。
あきじさん 嫌いかって言われたら、嫌いなことは何一つないです。大学時代に東京に通ってましたが、では、「卒業後もずっと東京で暮らしたいか?」って言われたら全然思わなかったですから。やっぱり葉山をいいと思ってるんでしょうね。
―― 僕たちもそうですが、葉山が好きって言ってる人も、案外そのくらいの温度なのかも。
あきじさん 私の勝手な見立てで言うと、外から入ってきた人が葉山のことを気に入ってくれて、それを自分の子供たちに語るわけですよね。そうすると、その子供たちに親の思いが強く伝わって、「葉山はすごいいいところだ」と刷り込まれる(笑)。
引っ越した頃に小さかった子供が成長し、そのなかには一度外に出てまた戻ってくる人もいたり……。そうやって、葉山愛が継承されていったんじゃないかな。
―― 親から子へと世代を超えて……(笑)。
あきじさん すでに高度経済成長期には、外から入ってきた人がもともとの住民の数を超えていましたから、だんだん外からの人たちの声が大きくなっていったのかなって。
―― 皆さん、思いを持ってやって来てますからね。こういう場に対する価値観を持っていて。
あきじさん 本当にそうですね。僕たちが気づかないいいところを、たくさん見つけてくれますから。
―― そこで気づかされるところもあるんですね。
あきじさん 統計的に見ても、20代後半から40代前半までの子育て世代の転入が圧倒的に多くて、それがこの50年間、変わらずに続いてきたんです。
その一方で、10代の後半から20代ぐらいまでは転出が続いていて、人口増加時代には自然増より社会増が上回って、微増ですが、人口増が続いてきました。
それが、社会が少子化により人口減少に転じ、いまは団塊の世代の方々が後期高齢期となり、今後、80歳を超えて亡くなられる率が上がってくると、葉山の人口も減ってきます。
大まかな言い方になりますが、去年(2024年)は400人が亡くなられて、100人が生まれているので、300人が自然減したことになりますね。
―― 葉山の人口も微減しているんですね。
あきじさん 微減のスピードが加速していると見ています。この3年間、明らかに減少していますから。
人口については、住民基本台帳の人口と国勢調査の人口と2つあって、「広報はやま」などで出してるのは住民基本台帳のほうですが、そこではいま3万2000人を切って、3万1000人くらいに減ってきています。
目安としては、いつも大磯町と見比べるんですよ。人口もそうですが、町の面積もほぼ同じで、海に面していて、別荘も多く、似ているところが多いので。

葉山町の人口推移
2026年時点で微減している葉山の人口も、人口減少が加速するこで、2040年には28000人台に。

年齢区分別・推計人口(2023年)
20〜30代の人口の少なさは、若い世代の転出も影響か。逆に子育て世代が転入することで30代後半から人口は増えてきている。


住み続けたい町ランキング
住み続けたい街 自治体ランキング <神奈川県版>
https://www.eheya.net/sumicoco/2025/ranking/kanagawa/continue_area.html?utm_source=chatgpt.com
総合計画のアンケート
第五次葉山町総合計画の策定に向けたアンケート調査
https://www.town.hayama.lg.jp/material/files/group/2/5thsurveyreport.pdf?utm_source=chatgpt.com
『Hayamanote2025』
Instagramに「#葉山歩き」をつけて投稿された写真を集めたフォトブック。第3弾となる今回は、町制100周年に合わせて増ページ、85人が撮影した150枚以上の写真を掲載中。
https://www.town.hayama.lg.jp/soshiki/seisaku/5/instagram/15686.html

町制施行100周年記念誌『葉山』
葉山郷土史研究会・編纂。町制100周年の節目を記念して刊行。歴史や文化を知ることのできる「知の財産」。
https://www.town.hayama.lg.jp/soshiki/seisaku/rekishi/1484.html
いつも大磯町と見比べる
ともに海、山、別荘があり、人口3万1000人台、面積も約17㎢とほぼ変わらない。ちなみに、町の歴史は大磯町のほうが古い(町制施行は1889年)
―― これから町はどう変わっていくと思いますか?
あきじさん もう伸びゆくGDPを指標とするような時代は終わったと思うんですよ。人口減少には拍車がかかっていきますし、拡大していく時代じゃないですよね。
これからは「いかに人が幸せに生きられるか?」、そこに(価値観が)シフトしていくのを感じますね。
―― 「幸せとは何か?」ということですね。今回の葉山百周年の企画でも、葉山らしい、ウェルビーイング的な指標が出せたらいいなと思ってるんです。
あきじさん ウェルビーイングの要素ってたくさんあると思いますが、「自分のやりたいことが自由にできる」ということが、人の幸せにつながる気がしています。
経済的な安定とか、前提となる条件はあると思いますが、(町制百周年の節目に政策課が策定した)第五次総合計画のなかでも、「自分らしく、つながるまち」という言葉を、目標とする町の将来像として掲げています(30ページ参照)。
―― 自分らしくつながる、いいですね。行政マンとして、これからやっていきたいことってありますか?
あきじさん 個人的には地域通貨に関心があって、「どうしたら導入できるか?」を研究しているところです。できれば地域福祉で活躍してくださる方への対価として、地域通貨がうまく活かせないかなと思っていますね。
―― 地域通貨に興味を持ったきっかけはあったんですか?
あきじさん 2019年に町でプレミアム付き商品券を発行した際、政策課でとりまとめをしたんですけど、商品券の作成や保管、移動などの管理にとても経費がかかったんです。
いまは紙ではなくデジタル通貨としてできるので、経費の面でも、管理の面でもかなり扱いやすくなったと感じていて、「これなら地域通貨も実現できそうかな」と思っています。
―― 確かにデジタルの良さってありますよね。
あきじさん はい。葉山町は小さな町ですけど、個人経営の魅力的なお店があったり、地域愛が強く、社会貢献意識の高い人が多かったり、地域通貨に向いているように感じるんです。ボランティア活動や健康増進イベントへの参加に地域通貨を使ったりできると、うまく機能していくじゃないかな。
―― 実現したらいろんな活用ができそうですね。
あきじさん 葉山の経済圏って、逗子や横須賀に依存しているところも大きいですよね? だから、葉山のなかだけでまわすのではなく、もっと広げていけたらいいかもしれません。
―― 地理的に言えば、葉山をベースにしつつ三浦半島エリアでつながっていけると面白そうですね。
あとは撮影なんですが、場所はどこにしましょうか?
あきじさん やっぱり役場が自分の原点だなって思いつつ、いま、木古庭にある復元した棚田で「はやま里山スクール」をやっているんです。好きな場所としてはそこかなあ。
まあ、自分のフィールドが海にはないってことだけは、はっきりしていると思いますね(笑)。
―― ああ、海ではないんですね(笑)。
あきじさん 海ではないなあ。
―― 今日はじっくりお話しができ、葉山という町が前よりも見えてきた気がします。ありがとうございました。
あきじさん はい、ありがとうございました。
葉山町役場にて。手にしているのは、町制施行100周年記念誌『葉山』。
はやま里山スクール
葉山町では、親子で里山を知ってもらうため、木古庭大谷戸に年間を通じた里山体験の場を提供。
https://www.town.hayama.lg.jp/soshiki/seisaku/3/3/13950.html