nowhere HAYAMA
葉山の対話 2023ー2025 28

葉山で奥行きを求めたからこそ、
お客さんがついてくれたんだと
思うんです。

石井裕一さん Yuichi Ishii

葉山の山側、上山口の自然豊かな一隅に拠点を置き、
畜産と野菜づくりを営む「石井ファーム」。
農家として9代、畜産を始めて2代……、
祖先からこの土地を受け継いできた石井裕一さんは、
その歴史を背負いながら、
いま、誰も歩いていない道を切り拓いている。

地域ブランドの現状に満足せず、品質をどこまでも追求。
牛の飼料が堆肥になり、畑を育て、酒米に還り、
やがて食卓へとつながっていく——
石井さんが思い描く循環は、牛舎と畑を超えて、
地域全体へと広がっていく。

直売店である「葉山マルシェ」でお話を聞いたあと、
ファームに足を運び、牛たちとも対面。
その自信に満ちた言葉が現場の空気に重なり合い、
新しいイノベーションを起こしていく、
石井さんの未来図が立ち上がってきた。

石井裕一
葉山・上山口にて、畜産農家として2代、農家としては9代続く「石井ファーム」を経営。19歳で跡を継いで以来、約80頭の牛と向き合いながら、独自のブランドである「葉山石井牛」「葉山クイーンビーフ」を育てている。 2017年、安全と美味しさを消費者に届けることを目指し、食品衛生管理の国際基準「HACCP」(ハサップ)を取得。かまどで炊いた米、多様な穀類、酒粕、乳酸菌などを飼料に用い、生産、加工、販売まで一貫したシステムをベースに、葉山を拠点にした持続可能な畜産業、農業を目指す。 2020年、石井ファーム直営店「葉山マルシェ」をオープン、自社ファームの精肉、旬の葉山野菜、シェフ特製の弁当や惣菜などを提供している。
https://hayama-ishiifarm.com

収録:2025年10月24日 @葉山・石井ファーム
編集:長沼敬憲 Takanori Naganuma
   長沼恭子 Kyoco Naganuma
    山川麻美 Mami Yamakawa
撮影:井島健至 Takeshi Ijima @葉山・石井ファーム

―― 葉山の暮らしに馴染んでいくなかで、石井ファームの名前をあちこちで耳にするようになりました。

石井さん 好きなことを楽しくやっているだけなんですけど、最近、取り上げられることが多くなってきていますね。

―― ずっとここが拠点だったんですよね?

石井さん 先祖代々農家として葉山の上山口で暮らしていて、僕自身は9代目になります。畜産業を始めたのは先代の時からで、子供の頃から農業と畜産業に携わってきました。

―― 最初にお見かけしたのは息子さんですか?

石井さん はい。長男なんですけど、彼が10代目ですね。北海道で1年3ヶ月くらい住み込みで研修を受け、先々月帰ってきたところです。いま、就農という形で跡を継いでくれています。

―― 葉山牛ではなく、葉山石井牛なんですよね?

石井さん 一昨年くらいまで葉山牛の組合に所属していたのですが、皆さんと少し方向性が違ってきて、この会に属す意味がないなと思って脱退しました。
 本当だったら先代たちがつくりあげたブランドを引き継いで、次にバトンを渡したかったんですけど、組合のなかで意見が分かれてしまったことが理由です。
 僕自身は、ブランドたるもの進化していくこと、クオリティを上げることが必要と思っていましたが、そこを必ずしも共有できていたわけではなく……。「葉山石井牛」と「葉山クイーンビーフ」という、独自に新しい名前のブランドを2つつくり上げ、いまはその2本立てでやっています。

―― なるほど。お父様の代から畜産がスタートして、いま新しいチャレンジが始まったんですね。

石井さん 先代たちは、乳牛からスタートしたんです。乳牛の子どもが生まれたら肥育して、収穫するところから始まったんですが、作業的に大変で、そこから抜け出したい思いもあって肉種のみになったと聞いています。そこからブランドづくりをはじめて、いまの葉山牛が生まれたんです。

―― 葉山牛のブランドは先代の皆さんがつくり上げた?

石井さん はい、いまはもう2代目ばかりなので、その苦労を見ていない人もいれば、苦労を見ていてもそこまでわかっていない人もいるように感じます。
 僕は先代が苦労していたのを見てきたので、ブランドをもっと進化させなきゃいけないって思っているんですが、なぜわざわざ面倒なことする必要があるのかと。

―― そういう声もあるということですね。

石井さん 2017年、6年かけて農場HACCP(ハサップ)という認証を神奈川県で初めて取ったんです。衛生管理を徹底することで、消費者に安心安全であることをアピールできるのですが、毎月会議をしたり、モニタリングしたり、大変なことが増えるので反対する声も結構ありました。
 また、もっと味のクオリティを追求していこうと訴えても、とりあえずサシが入って、大きくつくれば十分、儲からなきゃ意味がないという意見が多くて。
 僕からしたら、「儲ける前にうまいものつくらなきゃダメだよ」って思うんですが……。なかなか意見の対立をまとめられないでいた時、息子に「お父さん、無理しなくていいよ」って言われて。それでスパッと辞めちゃいました。

―― 一般的な和牛のイメージを超えるような、もっと本質を突き詰めたい思いがあったのですか?

石井さん そうですね。やっぱり本当の究極を追求したくて……。
 葉山牛は、松阪牛や米沢牛と同様、雌牛なんですね。雌牛は雄牛より体が小さいため、通常、長期肥育すると経営の回転率も悪くなるんですが、うちは餌のコストが通常の牧場の半分ですむ技術を持っているので、その技術を活かせば長期肥育であっても採算が合うととらえています。
 これが「葉山クイーンビーフ」というブランドなんですが、これはプレミアム商品なので、もう一つホルスタインと和牛のハーフの交雑種を「葉山石井牛」とネーミングして、お客さんの層をもう少し広げることも考えています。
 プレミアム商品だけを並べ、ハイクラスの人しか相手にしないというより、赤身が好きな人もいますし、もうちょっと安価にして客層を広げるという意味で、交雑種も半分飼うようにして、回転率を補っている形ですね。

―― そもそも価格が違いますよね。 石井さん はい、葉山牛よりすごく高いです。

―― それは肥育にいろいろと気を遣わっている面も大きい?

石井さん ハサップに取り組んですごくよかったと思うのは、一番は意識改革なんです。衛生管理についてだけでなく、牛に対する思い、商品として差別化していくための努力、将来の構想といったものも含め、意識がガラッと変わりましたから。

―― どんなふうに変わったんでしょう?

石井さん まず視察をつねに受け入れ、人に見てもらって、違いを感じてもらうようになりました。牧場イコール臭いとみんな思って来るんですけど、ここは臭くないんですよ。

―― たしかに臭くないですよね。

石井さん 皆さんに「なぜ臭くないんですか?」と聞かれるのですが、なぜ臭くなきゃいけないのか、僕からすると臭い牧場のほうがおかしい、異常なんです。
 だって、牛は臭いところにいたいのではなくて、いさせられているわけですよね? そうした環境で飼うとストレスを感じ、人間もそうですけれど、病気になりやすい体質になります。病気になると治療が必要ですよね? 治療するには薬を使うので、ここでもコストや手間がかかります。
 僕自身は、こうした悪循環にならないよう、極力ストレスをかけないような環境づくり、餌の管理などの技術をマスターしながら、ここで30年牛を飼ってきました。
 だから、このまま究極まで向かいたいと思っているんです。

Note.1

葉山石井牛・葉山クイーンビーフ
父が始めた酪農を受け継ぎ、現在、葉山の上山口地区で70頭の肉牛を飼育。

葉山クイーンビーフ
霜降り和牛黒毛和種の雌牛を36ヶ月かけて飼育。和牛ならではの芳醇な香り、さっぱりとした脂、まろやかな赤身の食感が特徴。

葉山石井牛
交雑牛黒毛和牛とホルスタインの交雑種の雌牛。葉山クイーンビーフよりも赤身が多く、肉本来の旨味を味わえる。


HACCP(ハサップ)
畜産農場で発生しうる危害を防止、畜産物の安全性を高めるための衛生管理手法。
詳細はこちら

Hazard Analysis Critical Control Point
=危害要因分析(HA)+必須管理点(CCP)の略称。


―― コロナの前、いろいろな土地を取材して回っていたとき、飛騨高山で、乳酸菌を混ぜた餌を使っていた牛舎があって、まったく匂わなくてびっくりしたんですよ。

石井さん うちでも、多分、同じ菌を使っていると思います。
 僕がつくっている餌の60パーセントはビール粕、砕米、酒粕など、あとの40パーセントが輸入飼料、国産の稲藁で設計されているんですが、夏場や梅雨の時期にはカビが生えやすいので、それを抑えるために乳酸菌を添加しています。
 この餌を牛に食べさせることで腸内環境が良くなって、質のいい便が出るようになる。この便を堆肥にして畑に入れると乳酸菌が生き返って、カビを抑える力を発揮します。だから、必然的に農薬の散布も減るんですよ。

―― 牛も健康になり、牛舎もよい環境になるんですね。しかも、循環型農業に適した堆肥にもなる……。

石井さん 畑に使った堆肥は、機能性堆肥として、去年の3月に学会でも発表されました。
 また、餌に使っている酒粕については、酒蔵とも提携して、酒米をつくるときの肥料としても使ってもらっています。ここでも循環をつくりだしているんです。

―― お米にまで還元されるってすごい。牛舎を超えた大きな循環のなかで牛を育てているんですね。

石井さん いま、この酒米をつかって日本酒をつくることも考えているんですよ。すでに試作品ができていますが、販売は3年後にしようと思っていて。

―― 試作品はできているのに?

石井さん そこはもう、追求して追求して。3年後になれば農薬の含有量が半分になるので、そこまで待とうと。

―― こうした環境全体に対する意識って、以前から大事にしてこられたんですか?

石井さん 僕自身の経営の理念は、僕が一番真ん中の歯車だとしたら、いろいろな業者、農家、すべての歯車がうまく回ることによって全体がちゃんと回っていくという……。だから、とにかく回りをよくする、よい方向にちゃんと回転させる、ということをつねに意識してやってきたんです。

―― 回りをよくするというのは?

石井さん たとえば、この肥料を使っている農家さんの経営が良くなるにはどうしたらいいか? 餌を納品してくれる業者さんもそうですし、そこはいろいろと考えています。
 (飼料に含まれる)おからは業者から運んでもらっているんですが、大量に余った場合、堆肥にするから堆肥小屋に戻してもらって、ウエイトを軽くしてあげたり……。

―― 物づくりは関係性づくりという言葉がありますが、まさにそれを実践されているんですね。

石井さん 結局、仲間をちゃんと守っていかないと、経営を安定させ、持続させることができないと思うんです。
 仲間内の誰か一人が倒産したり、廃業することになってしまっては僕自身の経営も困るので、なるべくサポートできるところはしてあげたいと思っています。

Note.2

乳酸菌を混ぜた餌を使っていた牛舎
社会的農場LABO
https://socialagri.jp

釜炊きした米、サトウキビ、大麦、大豆、トウモロコシ、おから、ビール粕、酒粕など16種類の食材を使用した、自家配合の飼料。

逗子海岸の磯焼け対策として、地元の人たちが駆除したムラサキウニの殻。この殻を粉砕、牛ふんと米ぬかと混ぜて発酵させ、有機肥料として、土づくりに活用されている。


物づくりは関係性づくり
横田美宝子さん。おやつ&デリ「3pm」(さんじ)オーナー。
https://nowhere-japan.com/hayama/articles/001/


―― 健康な牛を育てるというのは、本当に大変なことなんですね。

石井さん 牛を飼っていると、数パーセントの確率で事故が発生するんですけれど、僕はこの5年くらいゼロなんです。通常では考えられないと言われています。

―― 事故というのはどういうケースですか?

石井さん 病死や事故死ですね。たとえば、朝に牛舎に行ったら、首が挟まって死んでいたとか、起き上がれなくなってしまい、ガスが溜まって死んでいたとか……。

―― そのあたりは管理しきれない感じなんですか?

石井さん 基本的に牛が健康であれば、そういう事故も防げるのかなと思っているんです。起き上がれないというのは、牛をまん丸になるまで太らせたからで、それをしなければ牛の瞬発力で防ぐことができたりしますから。

―― 牛が病気になるというのは普通にあることだと、一般的には思われているんですね。

石井さん うちの牛はぜんぜん病気にならないですね。僕からすると簡単なことなのですが、その簡単なことができない経営者さんが日本国内に本当に多い。
 経済動物として金を儲けるツールとして扱っているのがほとんどだし、何も物語がないのに、物語があるようにブランドとして売っている人もいっぱいいて……。

―― 僕が取材した時も、従来の畜産では、乳房炎のような病気になる牛が本当に多いって聞きました。

石井さん そうならないためには、衛生管理が一番重要なんですね。衛生管理をきちっとしておけば、まず病気にはならないです。
 僕自身、やはりハサップの認証を取ったことがきっかけで、やればできるんだなと思い、だったらどんどん進めていこうと、10年ぐらい前から意識が変わっていきました。
 それで、認証を取って差別化できるようになったら、自分のお店が持ちたいと、ずっと口にしていたんですよ。

―― 「葉山マルシェ」の構想が生まれたんですね。

石井さん はい。ただ、関係機関、行政も含めて口だけだと思っていたみたいで、いざお店の工事を始めようとしたら、親父が絶対無理だって反対しはじめて……。
 ここは父親の畑だったのですが、面積も小さくて、うちで一番収益が少なかったし、これ以上奥に入ってしまうとお客さんのアクセスが悪くなりますよね?
 ここからだと奥の牛舎もギリギリ見えるロケーションですし、逆に、県道沿いにお店を構えたら忙しくなりすぎるという判断で、この場所を選んだんです。
 お店の経営については素人でしたし、肉を切る経験もなかったんですが、やろうと決断したので、資金も全部自分で工面し、親父の反対を押し切って始めました。

きょん2 肉はここで切っているんですか?

石井さん 屠畜はよそでするんですけど、肉は100パーセント、僕がカットしています。だから、触ってみて何かおかしいなと感じたら、すぐ修正ができます。
 出荷して、ちょっと違うと思ったら、すぐ餌の修正ができるのが強みですね。ここに傷があるけど、そういえばスコープ使っていたなとか、そういうこともすぐわかります。

―― お弁当を頼んだことあるんですが、すごく時間をかけて、丁寧につくっているんだなって思いました。

石井さん シェフが結構時間をかけるんです。もう少し早くやれたらいいんだけど、こだわりがあるらしくて。
 付け合わせの野菜も全部うちのファームでつくった自家製で、買っているのは梅干しとお米だけなんです。

―― 畑は先代のときからやってきたのですか?

石井さん もう代々ですね。先代の時までは、稲作もやっていました。当時、(湘南)国際村の開発が始まった際、うちの土地が引っかかったので、代替地をもらったんです。
 それで農地の面積が倍になって、石井ファームが葉山で一番大きい農家になっちゃったんですよね。

―― 面積はどのくらい?

石井さん いま1.6ヘクタール、結構広いですよ。

―― 畑は畑で手間がかかりますよね。

石井さん 昨年2月に父が亡くなったのですが、それまで農地は全部父が管理していたんです。
 僕は、お店と牧場をずっとやっていたのですが、父が亡くなって、僕が農地にも入ることになって。いままでずっと父任せで、収穫の時だけサポートに行くくらいでしたが、いまは農業高校の仲間にいろいろ聞きながらやっていますね。
 大根、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、小松菜とか、どれも自社の堆肥を使って、農薬も極力減らせるところまで減らしていくようにしています。

―― 国際村で日曜日に野菜を販売されてますよね?

石井さん はい。無人販売をやっていますが、あの一帯もうちの畑なんですよ。ここ(葉山マルシェ)は僕がやっていますが、あそこは母親がやっていますね。

Note.3

牛一頭一頭に触れながら日々の健康状態をチェックすることで、病気や事故の心配がない飼育が実現。抗生物質は極力投与せず、鼻のリング、角を切るなど、牛が痛みを伴う管理も行っていない。


葉山マルシェ
2020年、オープン。石井ファームで育った牛肉を直売。ファームや地元農家の新鮮野菜、お惣菜なども販売している。
https://hayama-ishiifarm.com/marche




はっぷの萩原美智さんが葉山マルシェ前で撮影。
https://nowhere-japan.com/hayama/articles/003/


国際村で日曜日に野菜を販売
石井農園直売所
葉山町下山口(湘南国際村「間門沢調整池」バス停すぐ)


石井ファームで働く、息子の秀一さんと。

―― 息子さんが跡を継がれたと話されていましたが、基本は家族経営なんですか?

石井さん そうですが、畜産のほうはもう一人従業員がいて、三人体制で動いていますね。僕は出られる範囲でお店で肉も切っていて、時間が空けば畑行って……。
 ほかに(葉山マルシェの)シェフがいますし、アルバイトの方にも何名か手伝ってもらっています。

―― 一日のルーティン、かなりお忙しそうですね。

石井さん でも、仕事が楽しくてしょうがなくて、むしろ休みが嫌なくらいなんです。昼休みも取らないですし、夜はだいたい深夜まで動いていますから。
 たとえば、堆肥を運んだり、牛の飼料のおがくずを取りにいったり、トラックに乗る仕事は全部夜に回しているので、晩ごはんは帰ってきてからになりますね。

―― 休みの日はないんですか?

石井さん 年末から一日も取っていないですね(笑)。数ヶ月に一回、北海道に子牛を買い付けに行っているんですが、そのときが休みのような感じです。

―― きょん2は獣医だったんですよ。北海道で研修もやったよね。

きょん2 私は乳牛ですけど、中標津でずっと住み込みをしていました。でも、肉牛とは違いますよね。

石井さん じつは今年、酪農を始めることを考えているんです。
 いま、乳牛は廃業が増えているので、「そんなご時世になぜ?」と言われていますが、だからこそ、チャンスがあると思っていて、絶対に成功できると感じています。
 僕は●●●の資格を持っていますし、息子は人工授精の技術がある、従業員も帯畜を出てずっと酪農家さんでアルバイトしてきた経験がある、「じゃあやろう!」って。

―― 新しいチャレンジなんですね。きっかけになるようなことはあったんですか?

石井さん 思い浮かぶのは、ある牧場の方に「できない」って言われたことですかね。要は、牧場の経営は難しいと言われたんですが、「だったらやってあげよう」と。

―― それぐらい大変なことではあるんですよね?

石井さん 大変なのはそうかもしれないですけれど、僕のなかでは同じ牛ですし、衛生管理は負けない、事故も出さない自信もある。自社加工を100パーセントにして、生乳販売、ソフトクリーム、チーズの加工まで、全部自社でやるつもりでいます。いま、加工場の設計が始まっています。

きょん2 搾乳とか朝晩の仕事は増えますね。

石井さん 量は必要ないので、マックス10頭いれば十分です。葉山でやるのだったら、品種はプレミア感のあるジャージーのみでやろうと思っています。

きょん2 いまは何頭くらいいるのですか?

石井さん 和牛と交雑で80頭ぐらいいますね。

―― そこにあと10頭増やすんですね。最終的に商品化されるのは何年くらい先になりそうですか?

石井さん 来年いっぱいでできるかなと思っています。ありがたいことに、何かに困った時に「助けて」と言うと、後輩や同級生が助けてくれるんですよね。
 これまでも「肉が切れない」「野菜をつくるのがわからない」というと、みんな助けてくれました。
 今回もチーズのつくり方がわからないと言ったら「知り合いを紹介してあげるよ」って。そういうツテが結構あるので、何だかんだできちゃうのかなと思っています。

Note.4


沿革
1968年 石井牧場設立
1981年 肉用牛の肥育を開始
2017年 農場HACCP認証を取得
2020年 直営加工販売所「葉山マルシェ」オープン
2023年 オリジナルブランド「葉山クイーンビーフ」発足

石井ファーム
葉山町上山口1039

葉山マルシェ
葉山町上山口954-1


―― 助け合えるというのは、気持ちや価値観がつながっている部分もあるんでしょうね。

石井さん そうだと思います ――

―― 家の後を継ごうと思ったころから、そういう意識やイメージを持っていたんでしょうか?

石井さん 最初はそこまでの意識はなかったですね。若い時は「遊ぶために仕事する」という感じでしたから。遊ぶためにはお金が必要だったし、仕事を回さないと時間がつくれないので、一生懸命頑張って、とことん遊びました。

―― 考え方が少し変わってきたのはいつ頃から?

石井さん 結婚して、子どもが育ってきて、だんだんと子どもたちの夢を聞くようになって、「次にバトンを託さなきゃいけないんだな」と思うようになり……。

きょん2 息子さんに聞いたんですが、小さい頃から「後を継ぐ」って言っていたんですよね?

石井さん はい、それが大きかったですね。
 それと、息子より3つ上の長女が料理人をしていて、六本木の二つ星のフレンチで働いていたんですが、「いずれ和食に移りたい」と言って、いまは銀座の和食で働いているんです。じゃあ、そこはお前に任せるから、と。

―― ここの食材を使って、いずれはお店をやっていく?

石井さん 直売をやっている畑を半分潰して、富士山が一望できる場所でファーム・トゥ・テーブル、野菜をつくりながら提供もできるお店をつくりたいと思っています。
 そこに娘が帰ってきたら料理が提供できますし、次男坊は肉をカットする学校に行くと言っているので、僕と子ども3人で、畑、肉から食べるところまですべてが提供できる……、道の駅のような場を自社でつくるのが最終目標かな。
 葉山ステーションがすでに成功しているんですけど、テイクアウトだけで飲食ができないですよね? 葉山の食材で料理が食べられるというところまでやれたらいいなと。

―― 構想としては何年後ぐらい?

石井さん まあ、どれだけ金かかるんだろうって(笑)。 ――

――
そういうハード面の構想とは別に、追求していきたい理想としてどんなものがあるんでしょう?

石井さん いままで葉山というブランドで食べさせてもらってきたと思っているんです。同じことを地方の田舎でやって成功したかというと難しいかなと思いますし、その意味で葉山という場所は経営にとても恵まれている場所なんです。
 この葉山だからこそ、ここで奥行きを求めたからこそ、お客さんがちゃんとついてくれたのだと思うんですね。

―― ああ、まず場があったということですね。

石井さん 僕自身は、生産者としての思いが一番強くて、「ここまでクオリティ高めれば、営業しなくても、宣伝しなくても勝手に売れてくれるはずだ」っていうところを目指して、それを証明してやろうと思ってやってきたんです。

―― この葉山の土地に対してどんな思いを持っていますか?

石井さん 葉山は恵まれている場所と言いましたが、インチキなものは生き残れない場所でもあります。たとえば、「名前ばっかりカッコいいけれど、食べたらおいしくなかった」となると、そういう噂が広がっちゃうじゃないですか。
 そういう面で、ちゃんとしたものを生産して販売していかないとやっていけない。うちはお肉の価格帯が葉山牛より高いので、そこは裏切れないなというのもあります。

―― 地域とのつながりはどう考えてますか?

石井さん やはり地域で連携するということが大事な柱の一つとしてありますね。だから、地域からのオファーは断らず、なるべく地域で循環するように心がけています。
 東京まで営業は行かないですし、使いたいと言われたこともありましたけれど、ほとんど断りました。実際、それだけの量は提供できないから無理なんですね。

Note.5





葉山石井牛の主な取扱店
葉山マルシェ(直売)
https://hayama-ishiifarm.com/marche

焼肉 わがんせ(本厚木)
https://www.yakiniku-waganse.jp

ふるさと納税(葉山町)
https://www.furusato-tax.jp/city/product/14301


―― 葉山牛のブランドはよく知られるようになってきましたが、どんな特徴があると感じていますか?

石井さん 僕の印象では、(日本の市場は)霜降りが入りやすい雄牛がほとんどなんですね。
 霜降りが入りやすければ単純に評価額は上がりますし、雌牛より雄牛のほうが大きいので、(牛一頭あたりの)単価が高ければ、その分、儲かりやすい利点もあります。
 一方、雌牛は大きくなりにくいうえに、発情があって、喧嘩し合うことで傷つきやすかったり、さまざまなリスクがあって、どちらかというと敬遠されています。
 葉山牛も雌牛が中心なのでそうしたリスクはありますが、松坂牛、米沢牛がそうであるように、食味はキメが細やかで美味しさでは引けをとりません。このあたりは好みなので、お客さんによっては好みでないという方もいると思いますが……。

―― 石井ファームでは、この葉山牛をさらに進化させている?

石井さん そうですね。葉山牛は格付けを満たせば28ヶ月から出荷できますが、うちの場合、自社規定で36ヶ月まで飼うようにしています。そこはやはり違いが出ると思いますね。

―― 本当に丁寧に育てているんですよね。それが味や品質に反映されているという実感はありますか?

石井さん もちろん、違いを認識して、いつも後ろを向いてガッツポーズしています(笑)。「こんなすごいものを、またつくれたぞ!」「うちにしかできないぞ、真似できるもんならしてみろ」という思いはつねにあります。

きょん2 タネ牛は北海道なんですよね?

石井さん はい、もう20年くらい北海道の牛を買っていますね。だいたい生後7ヶ月~9ヶ月の子牛を、いまは雌ばかり買ってきて、そこから36ヶ月まで育てます。
 肉の味を決める条件として、子牛の血統がまず大事ですが、飼育のなかで餌のどう食べさせるか? 試行錯誤しながら、その時期ごとに適した餌をあげています。
 あとは、ゆっくり飼わなければいけないので、健康体でいるための工夫もしています。
 酒粕、ビール粕などの食品残差は消化吸収がよく、腸にも負担がかからないので、そうした点も考えて餌をつくっていますね。安心・安全・美味しいがないとダメだと思っています。

―― 石井さんはどういう食べ方がいちばん好きなんですか?

石井さん 普通にステーキにするのが好きですね。ヒレなどの柔らかいところより、サーロインとモモのお肉をステーキで食べるほうが美味しさを感じます。
 あとは内臓系もおすすめです。うちが出荷した牛の内蔵は、すべて捨てられずに戻ってくるんです。レバーが戻ってくるこないで、健康状態がだいたいわかりますから。

―― もっとたくさんの人に知ってもらいたい、食べてもらいたいという思いはありますか?

石井さん そこはボチボチでいいです。(肉だけでなく)野菜も朝採ったものばかりなので、違いをわかってもらえるといいかな。親父から受け継いだものですからね。
 ただ、あまり忙しくなっても困るので、ほどほどで(笑)。

Note.6

グラスフェッドの牛肉
放牧や牧草中心の飼料で育てた牛肉のこと。


―― 先代から受け継いできたものも多いですよね?

石井さん そうですね。先代である父は、亡くなる前に「畑は絶対売るな」と言っていました。ここは必ず守るという、その思いはやはり強かったみたいです。

―― 牛を飼うことに関しては?

石井さん 僕が23歳で経営を引き継いでから、牛については一切言わなかったですね。畑のことばかりで。

―― 信頼されていたんでしょうね。

石井さん 亡くなる2、3年前、畑の帰りに店に寄ってコーヒー飲んでいったり、いろんな人に「うちの息子の店に、買いに行ってやってくれよ」と宣伝してくれたり……、すごく頑固な親父でしたが、認めてくれていたんですよ。

―― 厳しい存在だったんですか?

石井さん 小学校の時とか、悪いことすると手ではなくて棒で殴られていました。そのくらい厳しかったから根性を叩き上げられて、負けん気がめちゃくちゃ強くなって。
 そこは息子も同じで、僕に叩き上げられたので、すごい量の仕事をしています。あんな金髪になっていますが、やることをやっていれば、外見はどうでもいいんですよ。

―― 厳しくされて、逆に負けん気が出てきたんですね。

石井さん その頃はやんちゃだったけれど、不良じゃなかったですね。逆に、不良をやっつけるくらい喧嘩も強くて。ここで力仕事をいつもやっていたし、柔道もバリバリだったんで、地元ではそこそこ名が知れていて。
 結構ぶっ飛んでいたので、親父も抑えたいけれど抑えられなかったんじゃないですか(笑)。

―― その頃、将来ここを継ぐんだという思いは?

石井さん それはもう、小さい頃からありました。高校を卒業してから三重県の牧場に丁稚に出されて、それはしょうがないことだとわかっていましたね。

―― 修行期間も厳しかった?

石井さん そこでは厳しいというより、すごく良くしてもらいました。だから、もうがむしゃらにやって、認めてもらって。社長の車の運転もやっていましたし、牛舎も任せられて、「ここ全部面倒見てね」と言われていました。
 使われる側の気持ちとかも学べましたし、いい経験になりましたが、国際村の畑が増えちゃった時期でもあったので、父親が「手に負えなくなったから戻ってこい」って。だから、8ヶ月くらいしかいなかったのかな。

―― 跡継ぎが必然だったとして、この仕事が自分に合っているか問うたことはなかったですか?

石井さん 若い時は物が欲しいから、頑張って稼ごうという気持ちが強かったですね。いまは物欲しさより、とにかく楽しくなければ意味がない、楽しくやっていきたいと。

―― 端的に何が楽しいですか?

石井さん 楽しいというか、お客さんから「めちゃくちゃうまかった」とか、「いままでの人生で3本の指に入る」とか、ほめていただいた時は「やってきてよかったな」「こだわってよかったな」と本当に思いますよね。

―― 逆に、苦しかったことはなかったんですか?

石井さん 畜産をずっとやってきて、いいなという時期もあったんですが、楽じゃなかったですよね。
 時代とともに飼料が高騰したり、牛肉の価格が暴落したり……、本来だったら、息子が勉強してきた子牛の繁殖を始めて、ある程度基盤をつくってから店を出すという流れですが、僕は先に出口をつくっちゃったんですよね。

―― 出口? お肉を直接売るという……。

石井さん 母牛になる牛を買ってきて、生まれた子牛が出荷できるまで4年かかるんですよ。そこまで待てないから、出口のお店をつくっちゃおうって。
 店でお肉を売れば、一年後には必ず収入が得られるので、イケイケでやっちゃったんですよね。
 人生のうち何回転できるのかなと思うと、とにかく出口をつくって、繁殖のほうは後からでいいかなと思って。だから、これから和牛の繁殖もやっていこうと思っています。

きょん2 繁殖も大変ですよね。

石井さん そう、分娩が夜中になったりとかもしますし。

きょん2 いま、どのくらいの頻度で販売しているんですか?

石井さん 販売はだいたい毎月2頭ですね。和牛と交雑種(葉山石井牛)が1頭ずつ。和牛(葉山クイーンビーフ)の場合、ここで一頭を売り切るのは大変なので、本厚木にある後輩の焼肉屋に半分売って、こっちは半分ですね。
 交雑の葉山石井牛は、いろんなところにまず納品して、残った分をうちのお店で売っています。

きょん2 毎月販売する分、買い付けもしているんですよね?

石井さん 3ヶ月に一回くらい6頭ずつ、北海道で買ってきます。まあ、嫁には半分遊びって言われるんですけど(笑)……。北海道の食べ物は美味しいじゃないですか。お酒飲んで、温泉入って。あの広大な景色を見ながら息抜きして。

きょん2 北海道では放牧もできますが、ここでは難しいですね。

石井さん グラスフェッドの牛肉を否定するわけじゃないんですけれど、放牧することで薬を使う可能性が高くなるのではないかということは思っています。
 運動していて健康なのかもしれないけど、寄生虫や怪我、害獣などいろいろなリスクもあるので、衛生管理されたなかで飼ったほうがいいというのが自分の考えですね。
 乳牛をやる時に、山に放牧して、山の管理もして、そこでできた牛乳という物語をつくろうと思ったんですけど、上で躓いたら下まで転がって牛が怪我するなって。

―― その土地にあったやり方はそれぞれ違いますからね。

石井さん ほかの地方と違って、葉山は牛を多く飼える土地ではないので、一頭一頭に物語と付加価値をつけたうえで、経営がうまく確立するように考えています。

―― ああ、物語ですね。

石井さん 理念を持って実践されているものが、食としてちゃんと届いていくことが理想ですね。

―― 今日はありがとうございました。牛のこと、畑のこと、上山口の歴史、いろいろなものがつながった気がします。

石井さん こちらこそ、ありがとうございました。