nowhere HAYAMA
葉山の対話 2023ー2025 22

棚田のお米で生まれたアイスが、
つながりの輪を広げ、
あたらしい世界が開けてきました。

山口冴希さん Saki Yamaguchi

葉山の上山口に棚田が広がっていることを、
意識するようになったのは、
棚田のお米を使った「葉山アイス」がきっかけだった気がする。

この「葉山アイス」を生み出し、
ご縁をつなぎながら、棚田の保存活動に関わるようになったのが、
今回お会いした、山口冴希さん。
上山口に新しくできたカフェでお話を聞いた後、
案内されるまま棚田に向かうと、
その一隅には「棚田ハウス」と称する古民家があり、
かわいいヤギ、近所の農家さん、若者たちがいて……、
そこには、おだやかな空気が広がっていた。

葉山にやってきた冴希さんの家族が、
この土地とどうつながり、何を思い描き、活動してきたのか?
棚田からはじまったその世界は、
葉山というエリアをゆるやかに超え、いまも広がり続けている。

山口冴希
1985年、神奈川県横浜市生まれ。葉山の景観に魅せられて移住後、2016年より、夫の智史さん(RADWIMPSドラマー)とともに棚田の保全活動に参加。 2018年、棚田で収穫されたお米を原料に「葉山アイス」を開発、「BEAT ICE」を設立し、音を楽しむように農を楽しむ「農楽」を通して、日本各地の棚田と提携した「棚田アイス」、近年では、棚田のコメを使ったクラフトビール(棚田エールプロジェクト)やソフトクリーム(RICECREAM)の開発・販売などにも挑戦。 地域の小・中学校での講演、子ども向けの料理教室、期間限定の味噌汁屋運営、マルシェの主催など、葉山を拠点にさまざまな地域活動に関わっている。好きなことは、料理すること、食べること、みんなと食卓を囲むこと。
https://www.beatice.jp
https://www.instagram.com/chabugae/

収録:2025年2月12日 @Felicity Cafe
編集:
長沼敬憲 Takanori Naganuma
長沼恭子 Kyoco Naganuma
山川麻美 Mami Yamakawa
撮影:井島健至 Takeshi Ijima @棚田ハウス

―― 葉山に来られて何年くらいになるんですか?

冴希さん 2015年11月に引っ越して来たので、ちょうど10年。上山口の棚田を手伝うようになって9年ですね。

―― 葉山って、海のイメージが強いですよね。こっちに来ると、どこか別世界のように感じます。

冴希さん 私も実家が横浜なので、小さい時は海と言ったら葉山で、遊びに来ることはありましたが、御用邸と海以上のことはほとんど知らなかったんです。
 それが、が音楽活動を休業するタイミングでたまたま葉山に遊びに来て、海越しの富士山に感動して……。それで一ヶ月後に引越しちゃったんですよ。

―― すごい。富士山がきっかけなんですね。

冴希さん (そんな光景が)まさか見えると思っていなかったので、すごく感動したんです。ただ、最初は知り合いもいないし、どういう場所かもわからず(笑)。

―― 海越しの富士山は、どこでご覧になったんですか?

冴希さん 湘南国際村に泊まったんですよね。

―― ああ、国際村から相模湾を挟んだ富士山。

冴希さん はい。10月頃だったんですが、とてもいい天気で、空気が澄んでいて富士山が見えたんです。夫はそれに感動して、3泊ぐらい延長して家も探して、幼稚園とかもいろいろリサーチして、私にプレゼンしたりして(笑)。

―― ご主人のその時のインスピレーションで。

冴希さん 私はどこでも生きていける人なので、(すぐに)いいよって。それで翌月には引越しました。
 その時、子どもがまだ4歳、2歳、0歳……、みんな男の子で。いま思うと一番大変な時期に引越したなという感じですが、結果としてすごくよかったですね。

―― 葉山って都心とは環境が違いますよね。最初、戸惑いなどはありませんでしたか?

冴希さん 全然なかったですね。もともと横浜の実家もわりと田舎のほうで、祖父母が農家をやっていたので慣れていたというか。私はご飯が美味しければどこでも生きていけるんです(笑)。

―― それが棚田にもつながった?

冴希さん 棚田のきっかけもうちの夫で、当時息子が通っていた幼稚園のパパ友に「田んぼを手伝っているから遊び来る?」と誘われて、気軽に家族で行ったのがこの棚田で。
 私も「和か菜」には来たことがあって、ここに棚田があるということは知っていたのですが、特別な場所というイメージがあって、まさかお手伝いできるとは思っていませんでした。そこで作業できるというのが嬉しくて、そこからもう9年になります。

きょん2 それからずっとやってるんですね。

冴希さん そうです。地元の農家さん、近隣の方、都内からの方、ときには海外からも……。職業も世代も違う人たちが、ボランティアで同じチームで一緒に作業することが楽しくて。なかなかないことですよね。

―― チームは何人くらい?

冴希さん 基本は10人くらいですね。地元の農家さんに師匠的な存在の方がいて、いろいろと教えてもらいながら始めました。田んぼで作業するなんて、小学校の授業でしかやったことなかったのですが、もともと畑とかすごく好きで、農家の人たちとも違和感なく話ができて、とても心地が良くて。
 まず、3月、4月くらい、田植えの前に田んぼづくりがあって、枠をつくって土づくりをして……、毎週日曜日に作業という感じで、ゆるくやっていました。

―― 収穫まで体験してみてどうでしたか?

冴希さん 最初は楽しいという思いだけでしたが、やっていくうちに、いま、棚田がどれだけ大変かという話を聞くようになって。私たちが楽しいと思ってやっている一方で、じつはいろんな問題を抱えていたんですね。
 棚田があることがプレッシャーになっていて……、それって寂しいなと思いました。せっかくこんなに素敵な場所があって、素敵だなと思う人もいっぱいいるのだから、棚田と人をつなぐことが何かできたらいいなと。

―― 棚田の手伝いだけでなく、なくさないために……。

冴希さん はい。「棚田で何か楽しいことをやりたい」という思いが最初にあって、結果、それが保全につながればいいなって思うようになりました。
 それで、続けていくうちに「棚田で穫れる少ないお米を使って何ができるか?」ということを考えるようになって、それがアイスにつながっていったんです。

Note.1

上山口の棚田
江戸時代から続く伝統的な谷戸型の棚田。2009年に「にほんの里100選」に選ばれている。


上山口の棚田
夫は、RADWIMPSのドラマー山口智史さん。持病の神経疾患(ミュージシャンズ・ジストニア)の悪化により、2015年9月に活動を休業した。


湘南国際村
葉山・横須賀にまたがる滞在型の交流拠点。研究機関、研修施設などが立ち並ぶ。
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/y2w/cnt/f5962/mura_top.html


和か菜
手打ち蕎麦「和か菜」
https://wakana.la.coocan.jp


アイス
2018年に販売スタート。のちに「葉山アイス」と命名。

原料は甘酒とココナッツミルク。のちに葉山生姜を使ったアーモンドミルクチャイ味も発売。


―― 棚田が大変っていうのは具体的にどのあたりが?

冴希さん 棚田に限ったことではないと思いますけど、まず高齢化の問題があります。
 棚田って、本当に一つ一つが小さいんですよね。だから、小さい機械しか入らなくて、ほぼ手作業ということもあって、人手が2倍で収穫は半分と言われているんです。
 しかも、段々になっているので、農作業自体、高齢の方にはかなり大変だったりします。そういう大変さもあり、「棚田は儲からない」と言われているんです。

―― 思っている以上に大変なんですね……。収穫したお米は、シェアしてもらえたんですか?

冴希さん はい。そのチームのなかで分けているんですが、一年間やって、私たち家族がもらったお米は30キロ。それって、一瞬でなくなる量じゃないですか。
 だから、(自家消費せず)その30キロのお米から何ができるかっていうことを考えるようになったんです。

―― ああ、それでアイスに。

冴希さん 田んぼを始めた年に、このお米で何かできないかなということは考えはじめていました。
 最初はおせんべいとかポン菓子とか考えていたんですけれど、30キロのお米だと、大してつくれないし……。
 その頃ちょうど海の家「オアシス」のやっている「カラバシ」というお店を間借りして、週末にお味噌汁屋さんをやっていたんです。「ちゃぶがえ」という屋号で。

―― ちゃぶがえ?

冴希さん ちゃぶ台返しの略ですね、お味噌汁屋なのに(笑)。
 気に入ったお味噌をいろいろ仕入れて、注文されてからお味噌汁を一杯ずつつくるんです。(具材も)葉山の食材を使うということにこだわっていました。

―― もともと料理つくるのが好きだった?

冴希さん はい、好きでしたね。夫が友だちを連れてくることも多く、外食の中心の人が多かったので、以前からよく振る舞ってました。いまでも葉山の飲食店さんを間借りさせていただいて、時々ごはん屋さんをしています。

―― お味噌汁屋さんのきっかけは何かあったんですか?

冴希さん 引越してすぐに、森山神社の朝市に遊びに行ったんですが、都内にはない、すごく昭和な雰囲気で。時が止まったようなローカルなところがとても素敵だなと思って、私も何かやりたいって思うようになりました。
 その朝市のつながりで、当時「カラバシ」で店長をやっていた漁師のアキラ(長久保晶さん)から「ここで朝食でもやったら?」という話があったんです。
 その頃、「棚田で何かしたいな」という話が出ていたこともあって、「棚田が見える宿をやりたい」「宿といったら美味しい朝食だよね」という話になって、「じゃあ、まず朝食屋さんやっちゃおうか」とスタートした感じですね。金曜と土曜の朝7時から10時まで、2年間ほどやらせてもらいました。

―― 棚田とつながっていたんですね。そこからアイスはどんなふうに生まれていったんですか?

冴希さん お味噌汁屋さんやっていた時、(秋谷の)久留和海岸にあるエアストリームのお店から「お味噌汁をやりませんか?」という話をいただいて、そこを見に行ったんです。
 ただ、海の目の前にある本当に素敵な場所だったので、「ここで味噌汁かな?」って。しかも、これから夏という時期だったので、「アイスかかき氷だよね」という話になり、棚田のお米でアイスができないかなと、そこでつながったんです。

きょん2 つなげられるってすごい。

冴希さん 海と山って分断されがちだけど、海で棚田のお米のアイスを食べてもらえたら、海を見ながら山の魅力も知ってもらえて、二つをつなぐものになるかなって。
 いろいろなご縁が混じり合って、アイスにつながったっていう感じで、ひとことで話すのは難しいんですけどね。

Note.2

陸の家「カラバシ」
https://paddler-shonan.com/spot/calabash/


森山神社の朝市
葉山町一色の森山神社の境内で、毎週土曜日の午前中に開催中。
https://moriyama-asaichi.jimdofree.com


―― アイスづくりってやったことがあったんですか?

冴希さん お菓子づくりというレベルでしかやったことはなかったですし、そもそもお米を使ったことはなかったです。
 だから、最初は「お米を甘酒にすればアイスになるかな」「そうすれば乳製品や卵を使わないでできるかな」というところからスタートして、炊飯器でつくった甘酒で素人ながらにトライしてみたんですよ。そしたら、結構おいしくて。
 それがいまの「葉山アイス」のベースになっているんですけど、製品にするまでにはそこからかなり試行錯誤が必要でした。

―― 甘酒をどうやってアイスにしたんですか?

冴希さん 甘酒と豆乳とココナッツミルクをベースにして、きび砂糖を入れてミキサーにかけてから加熱して、それを回しながら冷やしていくという工程になります。
 最初は「SHOKU-YABO農園」のやすさん(眞中やすさん)に食べてもらったら美味しいと言っていただいて。
 ヤスさんのご飯をとてもリスペクトしているので、「これならいけるな」って自信が持てて、商品化を考えるようになりました。お米ってアイスの原料に向いていて、10キロの米から1500個のアイスができるんですよ。

きょん2 そんなにできるの?

冴希さん 甘酒にしたり、豆乳やココナッツミルクを加えたりするのでそのくらいになるんですね。
 30キロのお米を配ったら一瞬でなくなってしまうけれど、アイスにするとそれだけの人に届いて、棚田のことを知ってもらうきっかけになりますよね。
 それから、アイスって小さい子からおじいちゃん、おばあちゃんまでみんなに楽しんでもらえるので、そういう意味でもアイスにしてよかったなって思います。

―― 商品化するにはまとまった個数が必要ですよね。

冴希さん はい。だから、もちろん家ではつくれず、最初は茅ヶ崎の「プレンティーズ」というアイス屋さんに委託して、本当に少ない数からつくってもらいました。
 業者に頼むと普通はたくさんのロットからの注文になるんですが、プレンディーズさんに材料を持ち込んで、十個単位からつくっていただいて、本当にありがたかったです。

―― 最初に商品ができた時は、どんな気持ちでした?

冴希さん やっぱり感動しましたよね。葉山ステーションとスズキ屋さんに置いていただいたのが最初だったのかな。それぞれのお店に行って、アイスが並んでいるのを見て、まず写真を撮りました(笑)。その後、オンラインショップを始めましたが、最初は広めたいとかそこまで考えてなくて。棚田を知ってもらうきっかけになったらいいなと思ってはいましたが……。

―― 最初から「葉山アイス」という名前だったんですか?

冴希さん 最初は違っていて「米ココアアイス」という名前だったんですよ。米とココナッツで米ココなのですけど。
 私たちも葉山で暮らすようになって、葉山の人たちや場所に救われた感じもあったので、葉山の魅力を伝えたい、葉山への感謝の想いを込めて、「葉山アイスしかないでしょ」って(笑)。

―― カップのデザインをしたナツマヤさんとは、吉野でご縁があったので、最初はびっくりしました。「葉山のアイスなのに、なぜ吉野の彼女が?」って。

冴希さん アイスを始める前、あるイベントでナツマヤさんがイラストを描いていたのがすごく印象に残っていて、何かやる時はお願いしたいなって、ずっと思っていたんですよ。
 だから、アイスを商品化することになった時に紹介してもらって、すぐに話が決まりました。ナツマヤさんとも最初に出会いから、結構長いご縁になりましたね。

Note.3

SHOKU-YABO農園
横須賀市芦名にある農園+野外食堂
https://syokuyabo.studio.site


プレンディーズ茅ヶ崎本店
https://plentys.net


BEAT ICE公式ストア
https://www.beatice.jp 




公式ストアでは「葉山アイスセット」、三河みりんとコラボした「DEN-EN-ICECREAM」などを販売中。


ナツマヤさん
奈良県吉野在住。イラストレーター、デザイナー。
https://natsumaya.jimdofree.com


―― 販売が始まって、どんな感じで広まっていった?

冴希さん アイスを食べた人で、棚田があるってことを知らない人がやはり多かったんですね。葉山に住んでいても、「そんな場所があったんだ」という人が結構いて。
 アイスから棚田を知ってもらうことがたくさんあったので、そこはよかったなって思いますし、2021年から、学校の給食でも出してもらえるようになりました。

―― 給食はどういう経緯で話があったのですか?

冴希さん 最初に給食で出してくれたのは、鎌倉の横浜国立大学附属小学校でした。先生がふらっと棚田に遊びに来られたのがきっかけでつながりができて、学校でアイスを出してお話ししてもらいたいと言っていただいて。

―― 最初は鎌倉だったんですね。

冴希さん 葉山でつくったものだから、葉山の小学校にも出したいという気持ちはあったのですが、最初はいろいろな事情で給食に出すということが難しくて。
 そんななか、葉山町で「エシカル給食」の取り組みが始まって、その一環で出していただけることになって、給食にアイスが出る日、学校に行って授業もさせてもらいました。
 「エシカル給食」のコンセプトにも合ってますし、子どもたちにもわかりやすくて、アイスが給食に出るということで、みんなワクワクしてくれるんです。

きょん2 製造はいまも同じところなの?

冴希さん その後、長野の姥捨という地域の棚田農家の方から、「うちのお米でもアイスができないか」と相談があり、棚田はどこも同じ課題を抱えているので、葉山に限らず各地の棚田のお米でできるのではないかと考えるようになって。
 プレンティーズさんではそんなに多くのアイスをお願いできなかったので、クラファンをやって葉山に工房を立ち上げて、一人でひたすら製造するようになりました。

―― 工房をつくったのはいつくらいですか?

冴希さん クラファンを2018年にやったので、その年ですね。
家でお菓子をつくるのとはまったく違うレベルの話だったので、最初は本当に大変でした。
 まず機械の扱いを覚えることから始まって、小さい部品を洗浄したり、甘酒もそれまでは小さい炊飯器でつくっていたのが、大きな鍋で大量につくらなくてはいけなくて、何回も失敗して。米を無駄にしてしまうこともあって、機械の前で夜な夜な悲しくて泣いていたこともありました。
 当たり前のことなんですが、毎回同じものをつくらなければいけないので、お酒の温度管理をどうしたらいいかとか、麹屋さん、アイス屋さんなど、いろいろな方からアドバイスをいただいたりしながら試行錯誤を重ねました。

―― まとまった数をこなすことが、本当に大変だったんですね。

冴希さん 原料を用意して、機械を回して、カップに詰めて、全部の工程を一人でやっていたので……。

―― カップに詰めるのも自分でやるんですか?

冴希さん 充填器という機械があるんですけど、思った以上に大変で。アイスって冷凍してしまえば状態は変わらないと思い込んでいたんですが、そうではなかったんです。
 普通のアイスには、保存料や乳化剤、安定剤などがいっぱい入っているのですが、私はなるべく添加物のない、天然由来のものを使ったアイスをつくりたいと思っていたので。
 また、乳製品を使っていないアイスというのもなかなか難しかったです。知らないからできたけれど、知っていたらやらなかったと思うくらい大変だった。何も知らないから、「えいっ!」ってやっちゃったんだと思います(笑)。いまはご縁があって、製造拠点を長野に移して、アイス製造を行っています。

Note.4

エシカル給食
2023年からスタート。地元産食材の活用、フードロス削減など、地球・人・地域にやさしい給食を提供する取り組み。
ethical=「倫理的、道徳的な」が原義。

各地の棚田のお米でできるのではないか
2021年、「 姥捨(おばすて)アイス」を販売。以後、各地とコラボし、さまざまな「棚田アイス」を開発・販売。

飛鳥アイス(奈良県明日香村)
松崎アイス(静岡県松崎町)*限定販売
西会津アイス(福島県西会津町)


―― いやあ、すごいですね。苦労してつくってよかったなと思えるのは、どんな時?

冴希さん やっぱり、学校とのつながりが一番楽しいですね。葉山で給食に出してもらったきっかけは、一色小の5年生がお米の授業の一環で、「葉山アイスを給食に出したい」と言ってくれたことで、子どもたちの声からだったんです。
 棚田のことをいっぱい調べて、アイスの説明などの入ったポスターや新聞をつくってくれて、学校のいろいろなところに貼って、給食に出る日に放送してくれたり……。嬉しくて、本当にやってよかったなと思いました。機械の前で泣いたのも無駄じゃなかった(笑)、アイスをつくってよかったなって。

―― 子どもたちが発信してくれたんですね。

冴希さん はい。5年生は稲作の授業があるので、学校に呼ばれるのも5年生が一番多いんです。
 棚田の保全をやっている人より、「アイスをつくっている人が来た」と言ったほうがみんな喜んでくれんですよね。「アイスの人だ、アイスの人だ」って、まずはワクワクするところから入ってくれたら、それでいいなって。
 「棚田にはこんなに良いことがあります」とか、「この環境を残していきたい」とか、そういう話の前に、まず「こういう美味しいアイスがあるよ」というところから始めるんです。

―― アイスを入口にして棚田につなげるんですね。

冴希さん 小学生の授業では、「アイスをつくる機械はどれでしょう?」とか「葉山の棚田はどれでしょう?」とかクイズのようなことをやります。そういう楽しいところから入って、棚田はこういうところだということを知ってもらう。
 「自分の住んでいる葉山にこんな魅力的な場所があるんだ」ということだったり、「海と山はつながっているんだ」ということだったり、一つでも印象に残ってくれたらいいなと思って、いろいろ工夫しながらお話ししていますね。

―― 活動の大事な軸になっている感じがします。

冴希さん そうですね。私は田んぼのプロでもないし、アイスのプロでもない。だから、何か教えるというより、一緒に何かつくり上げたいなというイメージがありますね。
 授業では、「棚田ワクワクプロジェクト」という、棚田でどんなワクワクすることができるか? アイディアをみんなに出してもらうことを必ずやっているんです。

―― それはアイスに限らず?

冴希さん はい。「私はアイスをつくったけれど、他に何かできることあるかな?」って。実際、棚田のライトアップ、棚田の宿など、各地でいろんなことをやっているので、それを例として伝えながら、子どもたちにいっぱいアイデアを出してもらうんです。
 毎回、子どもならではのアイディアがたくさんあって面白くて、たとえば、棚田動物園、棚田博物館、棚田ジップライン、棚田アロマ、棚田カフェなどなど……。
 こちらが教わることばかりで、いつか実現させてあげたいなという気持ちも湧いてきますね。

Note.5

小学校での「稲作の授業」の一コマ。

2021年から学校給食への提供がスタート。

2024年には、全国の小学校の道徳教科書(光文書院)に「棚田と人をつなぐ」が掲載。


―― いま、棚田に新しい拠点が生まれようとしていますね。

冴希さん はい、棚田に来てくださる方は増えてきているのに、いままではトイレもない状態で、みんなでご飯を食べたり、それこそ雨をしのぐ場所もなかったんです。
 ただ、もともと棚田の宿をやるという構想はあったんですが、そんなに都合よく土地がなく……。
 棚田を続けてきたなかで地元の農家さんとも縁ができて、信頼してもらって、ちょうどその棚田の近くの家が空くというタイミングで、持ち主の方につないでいただいたんです。
 この家を買うことができたので、ここをリフォームして、棚田に来てくれた人とご飯を食べたり、みんなで意見交換したり、そういう場所になったらいいなと。いま、大学生や20代の若者も増えてきて、一緒に場づくりをしています。

―― 大学生とはどういうつながりがあったんですか?

冴希さん 夫が慶應のSFCに通っているので、そのつながりが多いですね。農業系だったり、建築系だったり……、いろんな大学生が何回も作業に来て、交流も広がっています。

―― 棚田のきっかけもご主人ですもんね。リフォームに何かこだわりってありますか?

冴希さん おなじ上山口を拠点にしている藤本工務店の嶺くん(藤本嶺さん)にリフォームをやってもらっているんですが、本当に素晴らしくて。「棚田ハウス」と呼んでいるんですけれど、土壁には棚田の稲藁を入れたり、土間ってコンクリートが普通なのですが、土でできた土間をみんなで叩いたり……。
 土でできた土間って、「三浦半島でここだけじゃないか」と嶺くんが言うくらい珍しいそうです。漆喰もなるべく自然なものを使って、自分たちで塗って。
 嶺くんたちは、釘を使わない昔ながらの工法も手がけているので、そういうところも素敵だなって。棚田がより魅力的に見える場所になったらいいなと思っています。

―― いつぐらいに完成予定ですか?

冴希さん 今月にできますので、ぜひ見てください。自分たちで手をかけてきたので、いまどんどん愛情が湧いてきていますね。
 2階には20代の若者が住んでいて、農作業も手伝ってくれたり、うちの子の家庭教師をしてくれたり(笑)。

―― すごい。いろいろな人につながっていっているんですね。

冴希さん 知り合いの知り合いだったり、自然につながった感じで、田んぼも20代の子たちが増えてきました。
 棚田のお手伝いを始めた頃は、30歳の私が一番若手だったんですけど、この10年で棚田もだいぶ変わってきて、いまは高校生も来てくれています。

―― 地元の皆さんも驚いているんじゃないですか?

冴希さん 若い人たちが喜んで農作業をしている姿を見て、やり甲斐を感じてくれる地主さんもいますね。

―― 棚田を守っている皆さんは、どんな方なんですか?

冴希さん 「和か菜」の上の棚田には、地主さんが何人かいらっしゃって、自ら使っている方もいるし、貸している方もいるし、関わりはさまざまな感じです。
 最初はルールがわからなくて怒られたりもしたんですが(笑)、いまはとても仲良くさせていただいています。何年か時間をかけてつながってきたのが良かったのかなと思いますね。

―― ご夫婦できちんと棚田に関わってきたことが伝わってきたのかもしれないですね。

冴希さん そこを一番大事にしてきました。いくらいいことであっても、地主さんたちが嫌な思いをしたら良くないですよね? だから、地主さんが大事にしているところをなるべく理解して、丁寧にやるようにして。
 なによりも、地主さんたちがいるからこそできていることなんだと、ちゃんと感謝を伝えながらやるようにしています。

Note.6

慶應のSFC
慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスの略称。
https://www.sfc.keio.ac.jp

夫の山口智史さんの研究活動は、NHK「Dear にっぽん-あのとき“失った音”を求めて〜RADWIMPS 山口智史」(2025年10月放送)で取り上げられた。


今月にできますので
2025年、「棚田ハウス」が完成!


藤本工務店の嶺くん(藤本嶺さん)
https://nowhere-japan.com/hayama/articles/014/





―― そうやって土地が開かれてきているんですね。

冴希さん たまたまご縁があった土地ではあるんですが、みんなで仲良くできたほうがいいじゃないですか。だから、少しでも協力できたらと思いますね。

―― アイスをつくる話をした時、棚田に関わっている皆さんはどんな反応だったんですか?

冴希さん 一緒にやっている農家さんには「こんなに少ないお米でできるの?」とまず言われました(笑)。
 私自身もどうなるかわからないところはあったんですが、まわりの仲間が「面白い!」と言ってくれたことで、「大丈夫なんだな」って思われたのかもしれないです。
 なかには「自分の取り分もアイスにして」と言ってくださる人もいたし、皆さんの協力なしには新しいことはできなかったなと思っています。本当に感謝ですね。

―― 上山口のエリアは、最近は「奥葉山」とネーミングされて、徐々に知られてきていますよね? この土地の暮らしや文化を、どう受け継いでいきたいと思ってますか?

冴希さん まさにいま、今後のことが問われていると思っています。うちのお隣の地主さんが96歳で、いまも現役で私よりもずっと体力があって、本当にすごいなと思っているんですけど、ご高齢ではあるので……。いろいろな場面で、「この先どうするのか?」という話は出てきているんですね。
 昔は千枚田と言われるくらい、このあたりにもたくさんの棚田があったそうなんです。昔の航空写真も見ましたが、そこらじゅうが棚田なんですよね。
 いまは60数枚なんですが、それでもこれだけ残っているのがすごいなと思っていて。これ以上減らさないように、楽しみながら続いていくのが一番いいですよね。

―― 棚田の広がる光景って、海とはまた別の魅力がありますよね。

冴希さん 葉山町のホームページにも棚田が前面に出ているんですけど、その割にあまり知られていないですし……。
 いま、棚田の抱えている課題を一つにまとめて、町や県から協力をもらえないかと考えているところです。たとえば、水の問題で言えば、タンクが壊れた時に誰か直すのか? 地主さんと私たちで一つになって、棚田がこれから100年続いていくにはどうしたらいいか? いろいろと話し合っているんです。

―― 外の人たちにもっと知ってもらいたい、棚田に訪れてほしいっていう思いはありますか?

冴希さん 正直、地元の人は外から来てもらいたいという気持ちがあまりなく、観光地化するというイメージもないんですよね。ただ、「棚田を残していきたい」という思いはみんな持っていて、そこは私たちも同じなんです。
 「日本の里百選」に選ばれた時代もあったのに、この10年でどんどん田んぼが荒れていって……。それって悲しいなと思うし、この営みが楽しく続いていく仕組みがいまは何もないので、つくれたらいいなと思いますよね。

―― 棚田の景観の背景には、それでも続けてきてこられた方の思いが重なっているように感じました。

冴希さん 田んぼや畑には本当に人柄が出ますよね。96歳の地主さんの田んぼも畑も本当にきれいで、そこには美学があるように感じるんです。私たちが棚田を見て美しいと思うのは、棚田を守ってきてくれた人たちの歴史を感じるからかもしれないですね。

きょん2 アイスを全国につなげていったのも、おなじ気持ちからなんですか?

冴希さん そうですね。アイス一個あたり10円をそれぞれの棚田に還元しているのですが、それで棚田が救えると思っているわけではなくて、きっかけですよね。
 アイスを一つのきっかけにして、また違うアイディアで棚田をやっていく人が増えていったらいいなという気持ちで、ご縁のあるところとつながっていきました。

きょん2 (アイスでつながった)ほかの地域も、全部棚田つながりなんですよね?

冴希さん はい、棚田というワードを聞いて、うちにつないでくださる人が多いので、向こうからお話をいただくことが多いんです。いま、全国に5ヶ所ぐらいあるんですが、価格帯とかを考えるとけっこう難しいところもあって。

―― 地方によっては高いと感じるところも……。

冴希さん 東京で売るのと、地方の道の駅で売るのでは、価格が変わってきますよね。ただ、個人でやっているとなかなか安くはできないところもあり、輪が広がっていく楽しさはありますが、いろいろと課題もありますね。

―― アイスとともに、今後は「棚田ハウス」がハブになって、対話する場が生まれていきそうですね。

冴希さん アイスをつくっているけど、アイス屋さんがあるわけではなかったので、やっと拠点ができたなって感じています。秘密基地的な感じなんですけど、ヤギさんもいて、大人も子どもも喜んでくれる場所になればいいなと。
 ちょっと疲れたなと感じた時、「あ、そうだ。棚田ハウスに行こう!」っていう気持ちになったり(笑)、「ただいま」「おかえり」って言える場所になったらいいなと。

―― 大事なのはそこですよね。ここが新しい関係人口の拠点になっていったらいいなあ。

冴希さん はい。棚田にはいつでも遊びに来てください。いまは何にもない時期ですけれど、季節ごとに田んぼの色も変わるんです。(インスタの写真を見ながら)これは6月ですね。田んぼに水が張っている季節なんですけど……。

―― 棚田にお邪魔して、空気を感じて、「上山口、いいところだな」って改めて感じました。

冴希さん ありがとうございます。どの季節も本当に素敵ですよ。何よりこの景色が素晴らしいと思っていて、それこそジブリの世界みたいな場所がいっぱいあるんです。

―― ホント、アニメの舞台になりそうな雰囲気がありますね。これから新しいつながりが生まれていきそうで、展開が楽しみです。今日はありがとうございました。

冴希さん はい、ありがとうございました。

Note.7

日本の里百選
朝日新聞と森林文化協会が2009年に選定。


棚田ハウスにはかわいいヤギも。

2025年10月、新宿歌舞伎町にRICE CREAMの初店舗がオープン。夫の智史さんと。

田植えを終えたばかりの棚田(6月)。

2025年12月、地域のつながりを生み出すメディア「TURNS」、「鎌倉ビール」とのコラボで、棚田の米を使った「TANADA YELL」が完成!