大曲詩摩さん Shima Omagari
大曲詩摩
長崎県・壱岐島出身。関西の大学を卒業後、落語関連の制作会社に就職。会社員としてプロダクトプレイスメント、スタイリストなど多数経験。2018年、葉山で新築シェアスペース「sbaco#888」運営スタート。2019年、ふるさと壱岐島でコミュニティハウス「八八八」(ミツバチ)の共同運営をスタート。2020年、会社員を卒業、独立。現在、落語会を中心とした広告代理業、落語関連のwebサポートの傍ら、ご縁ある場所で手づくり落語会、地域寄席などを企画。都市部と地方、島外島内、芸能の世界と一般社会を行き来しながら、翻訳(ほぐす)する人、コクリエイティブ・オーガナイザー=みんなのプロデューサーとして活動中。
https://sbaco888.localinfo.jp
収録:2024年8月26日 @ハニカム出版スタジオ
編集:
長沼敬憲 Takanori Naganuma
長沼恭子 Kyoco Naganuma
撮影:井島健至 Takeshi Ijima @sbaco#888
―― 詩摩さんのなかで、壱岐、大阪、葉山、それぞれどんな位置付けなんですか? 難しい質問かな?
詩摩さん いや、どうでしょう? 大阪は、懐かしい場所や人に、大人になった目線で会い直す感じですよね。芸人さんやそのまわりの方が8割方なんですけど(笑)。
―― 大阪には、結構長くいたんですよね。
詩摩さん 学生時代を入れて8年ぐらいかな。大学は京都だったんですが、住まいはずっと大阪で。卒業後、落語の仕事を4年半やって、濃すぎたんですね、その時が。
めちゃくちゃ濃い、もう人生はこれでいいんじゃないかみたいな感じで(笑)。振り返ったら、いま現在のご縁がそこから全部つながっている感じもあるから、自分の原点だと思いますね。
―― 出身地の壱岐はどうなんですか?
詩摩さん 壱岐は地元だから、好きとか嫌いっていうところじゃない感じですかね。
8年くらい前から去年まで、こちらも出会い直すつもりで、月1回ペースで行ったり来たりしてましたけど、いまはいろんなバランスを見直して、帰る頻度を減らしているし、用事もなしには帰ろうとはしてないですね。
―― そういう意味では、いまは葉山が拠点っていう思いが強い?
詩摩さん 一番落ち着く場所が葉山ですから、そうですね。
―― 葉山は何年目なんでしたっけ?
詩摩さん 8年かな。大阪の後、壱岐に2年帰ってから、調布、横浜、川崎、茅ヶ崎に住んで。
―― それで葉山にたどり着いたんですね。家を買ったのがきっかけでしたっけ?
詩摩さん そう。ちょうど10年ほど前かな? 茅ヶ崎に住んでいた頃に家を買おうと思ったけど、こんな2年に一回ぐらい引っ越す人が、家を買うっていう実験みたいなことをして……(笑)。
でも、買うって決めたら、ちゃんと土地選びはしたいじゃないですか。なぜ葉山に決めたのかっていうところは、来るべくして来た感じなんですけど……。
―― 湘南エリアは結構まわった感じ?
詩摩さん そうですね。ただ、茅ヶ崎は多分ないなと思って。好きでいまだに用事をつくって通っているけど、シェアハウスをやるって思いもあったから……。
その頃の茅ヶ崎って、シェアハウスの飽和状態だったんです。もうサーフィンする人たちが集まるみたいな。でも、そんな場所をつくる感覚じゃないのかななって。
で、東に東に行って、由比ガ浜とかも見たけど、やっぱり海の人向けのシェアハウスのイメージがあまり湧いてこなくて。母親から「津波にちょっと気つけよ」って言われていたこともあって(笑)、じゃあ、海前はダメかなって。それでぐっと上がったところで、稲村ヶ崎とか葉山とか……。
きょん2 山がすぐ海のそばにあって。
詩摩さん そう、それも選択肢としてあって。山があって、でも海にも近い。塩害は生まれ育ったところが港町だったから、そこはわかっていて、やはり海前はないなと。
それで縁があって葉山を選んで、家を建てている最中にいろいろとコンセプトを考えて……。「家を建てたら、働き続けなければいけない」「そこにいつづけなければいけない」「そこ以外にあんまり移動はしない」みたいな固定観念ってあるじゃないですか。そういうものを、全部取っ払いたかったんですよね。「ここがあるから動くんですよ」って。
―― 逆な感じだったんだ。
詩摩さん そうそう。女の人が一戸建てを一人で建てるっていうこと自体、ちょっと聞かないじゃないですか(笑)。
それがおもろいなと思って建てたところもあるんですが、住宅ローンを当たり前に払い終えるほどの財力があるわけじゃないから、人に「でもなんで?」って聞かれた時、「シェアハウスをやってみたいから」「事業も兼ねてるんです」って。
事業として見た場合、自分の好きな人たちのスキルとか経験がシェアできる場であって、同時に、自分自身もいずれやって来るだろう親の世話という理由でもなく、もっとアクティブな感じで関わることもできる……。それが壱岐と、そして、八八八(みつばち)のコンセプトにもつながったんですね。
―― みつばちは、壱岐にあるシェアハウスの名前ですね。
詩摩さん はい。親は有難いことに元気でいてくれているけど、仮に介護することになったら、「あんた仕事、大丈夫なの?」って心配するじゃないですか。その時に、「大丈夫、家が働いてくれてるから」って安心を与えられるかな?という思いもあって。
母親はもともと世話焼きで、大人数の料理をつくるのが好きだから、「こっちでまかないさん付きシェアハウスやったらいいやん」って呼べる場所にもなるし。
それから、これは始めてみて感じたことなんですけど、私は私で壱岐のシェアハウスにつながっているから、壱岐の人がこっち来て、葉山の人があっちに行って楽しんで。
実際、葉山から壱岐に移住した人もいるし。来月にも2人、壱岐のシェアハウスの子が、それぞれ別な用事でたまたま同じ日に泊まりに来たり……。家を建てるなら、私だけじゃなく、そういう動きのある場にしたいと思ったんです。
―― こちらはスバコ(sbaco#888)って言うんですよね。何部屋あって、何人くらいが利用できるんでしたっけ?
詩摩さん 1階に3部屋あって、2階のキッチン兼リビングが共有スペースですね。いまは月8日間プランを基本にしていて、二拠点生活をおすすめしています。だから、私以外で最大6名かな? 共有カレンダーでやりくりして。
1階は部屋と部屋の間にシャワー室やトイレを挟んだりして、個室感を出しているので、一人でゆっくりしたい時などに気軽に利用してほしいなって思いますね。
2階の共有スペースでは、寄席、料理教室、あと年一回ですが、ウルフルケイスケさんのライブとかもやっています。
―― ホント、びっくりですよね。このスペースで(笑)。
詩摩さん その時はかなりの密度ですが、私も含めてつねに人がいるわけではないので、ふだんは静かですよ。そこが、一般的なシェアハウスとちょっと違うところかも。
―― 場を共有しつつ、個が大事にされている感じがしますね。
詩摩さん はい、適度な距離感をつくりながら、葉山でゆるやかに人とつながってもらえたら嬉しいです。
落語の仕事
しまさんは、上方落語を代表する落語家・桂米朝が立ち上げた芸能事務所に在籍。落語会の制作などにたずさわっていました。
出身地の壱岐
ここがあるから動くんですよ
家を建てること=しばりつけることではなく、文字通り、拠点が生まれること。
その意味では、sbacoというネーミングは合っている。
寄席、料理教室、あと年一回ですが、ウルフルケイスケさんのライブ
―― 葉山と壱岐、いまはそれぞれの場がつながってますが、動きとしてはどちらが先なんでしたっけ?
詩摩さん 建てたのはこっち(葉山)が先ですね。
―― そうか、葉山の家を先に建てて、また別の流れで壱岐のほうのプロジェクトが始まって……。
詩摩さん そう、地域おこし協力隊の仕組みをより有効活用するプロジェクトなんですが……。
地域おこし協力隊って、その地域にやって来ても6割は移住しつづけず、3年くらいで出ていってしまうと聞いていて、壱岐市もうまく使えてなかったと思うんですね。
だったら、pRするとか手伝うとか、地域に直接的に刺激を与えることを意識しつづけるより、壱岐という場所に関係なく、何かをやりたいと思った人の気持ちを育てる形で地域おこし協力隊の仕組みを活用したらいいんじゃないかと。
それで、「〝壱岐に住みたい〟が第一目的というわけじゃないけど、面白そうだから入ってみようかな」という人を集めて、自分という人間のあり方を丁寧に見つめながら事業を起こしていく実験的なプロジェクトが始まったんです。
たとえば、ヨガやアーユルヴェーダを通して心身ともに健やかにじたを認め合いたいとサロンを開いてみた女の子とか。
千葉の館山でフリーダイビングとカメラマンをやっていたけど、うまく事業化できなかったので、壱岐でやってみよう思った男性とか。結局、彼は壱岐に移住して、フリーダイバーとカメラマンやりながら、漁師になったんですよね。
―― コンセプトは誰が考えたんですか?
詩摩さん 武井伸悟さん、ブイちゃんっていう茅ヶ崎のシェアハウスで一緒だった人が、何の縁もゆかりもない(福岡の)糸島に家を買って、そこを拠点に会社にしようって起業する頃に、壱岐とのつながりが生まれたんです。
―― 糸島を拠点にして、壱岐のプロジェクトを?
詩摩さん そう。もともと私は、茅ヶ崎の海でブイちゃんとは遊んでいたし、セブ島にもサップの仲間たちと行ったりしていたので、彼を海目線で壱岐に誘ってみたんですね。
島で一日遊んでみたら、「何か面白いことがやれるな」って思ったみたいで、2016年に「壱岐ラーニング・ジャーニー」という学びの旅を企画して、市も喜んでくれていました。
その手応えを感じながら、2年の時を経て始動したのが「壱岐YOYO」というプロジェクトでした。
ネクスト・コモンズ・ラボのシステムって知ってますか?
東北などを中心に、「地域おこし協力隊の仕組みを有効利用し、もっと起業家を誘致しましょう」って、武井浩三さんとかがとかが始めたものだったかな?
このシステムと似ているところがあるんですが、壱岐は壱岐なりに、「島の人たちがゆるく面白がってくれそうな形でやりたい」っていうのが、彼の思いで。
まず3年間やろうということになって、私が市役所に勤めている同級生に「こんな人がいるから、話を聞いてあげて」って紹介したら、実際にやることになって。
2022年からは、中村勇貴くんがこのYOYOを担当するようになって。彼も壱岐市職員なんですが、「イキイキ・コレクティブ」というプロジェクトを立ち上げて、いまも壱岐の関係人口創出に尽力しています。
―― 壱岐のシェアハウスは、詩摩さんがやってたんですか?
詩摩さん はい。「壱岐YOYO」というプロジェクトが生まれたなかで、いまは亡き祖父母が経営していた衣料品店兼住まいだった古民家をリノベーションしてシェアハウスを始めて。
オーナーと運営をやっていたんですが、他のメンバーは壱岐でどっぷり暮らしている移住者なのに、私だけは現地で暮らしていないわけですよ。
リビングで飲んだり、おしゃべりしているところにオンラインで入っても、共通認識にズレが出てしまうなって感じて。2年間続けたあとは離れて、壱岐と葉山、他の地域をつなげることを強めるような立ち位置になりましたね。
いま、壱岐の古民家の運営は、ブイちゃんと一緒にプロジェクトリーダーをやっていた坂田さんにやってもらっています。彼に限らず、住んでいる人のほとんどは、二拠点もしくは多拠点ですね。
―― この壱岐のシェアハウスの名前が、八八八(みつばち)って言うんですよね?
詩摩さん そう、壱岐のみつばち(八八八)と葉山の巣箱(sbaco)なんです(笑)。
―― おお、いま気づいた(笑)。
詩摩さん もともとは、葉山のシェアハウスの屋根が傾斜地で、3つ並ぶようなデザインだったから、最初は「屋根が3つだから八八八(はちみつ)とかでいいんじゃないの?」ってある人に言われていたんです。
でも、また別の人に「詩摩ちゃんはそんな人の甘い蜜を吸うタイプじゃないから、みつばちじゃないの?」って言われて(笑)。
ただ、「来た人にはゆっくりしてほしいのに、みつばちって名前をつけたらなんか忙しないな」って思って、すぐに決めないでいたら、ある時、「あ! 巣箱じゃん」って思いついて、sbacoという造語が生まれたんです。
――まず巣箱ができて、みつばちもどこかに飛んでいったんですね。
詩摩さん この頃は、私がみつばちそのものだったと思いますね(笑)。みつばちっていうワードがずっと残っていて、一年後に壱岐にシェアハウスをつくろうってなった時、「どんな名前にする? うーん、みつばちかな?」ってなって。
―― 葉山と壱岐のつながりが、ようやくわかった(笑)。
詩摩さん 結局、名前は体を表すもので、そういう人が集まるというのが面白いなって思いますね。
私も動くけど、いまゴーちゃんっていう、鎌倉と大阪と壱岐の3拠点してる男の子もいるし、ネパールの彼氏がいるサンディって女の子が、離島引越しの会社で働いてて、ネパール人の彼氏のマヘンドラも2、3ヶ月滞在したりとか。
あと、壱岐にUターンした子も、シェアハウスに入ってきたんです。彼女は(鳥取にあるパン屋兼ブルワリーの)「タルマーリー」で2年修行したあとに帰ってきて。
―― みつばちは何人ぐらい使える?
詩摩さん いま4人定住で、1人ドミトリーにいて、1つがsbacoみたいに8日間プランの部屋があってみたいな感じ。
―― 外から来た人は泊まれない?
詩摩さん 住んでいる人の友達とか、私がたまたま帰っている時、私の友達だったらは泊まれますね(笑)。
―― 旅で来るような人はまた別で。
詩摩さん はい。徒歩2分のところにゲストハウスがありますから。昨年、そのゲストハウスが経営している一棟貸しもできたので、観光だけじゃなく、人との交流や暮らしを味わいたいなら、ぜひ来てほしいですね。
―― 一回壱岐に行ったほうがいいかもしれないね。
詩摩さん どれも同じ商店街にあります。いや、商店街というか、私が子供の頃は商店街でした(笑)。
―― そこは壱岐の中心地?
詩摩さん 全然違います。(スマホを手にしながら)これが壱岐とすると、そのまちがこのへん(上の部分)に、私の実家はこっち(下の部分)にあるんです。
―― 島の反対側なんですか?
詩摩さん はい。こっち(下の部分)がかつて一番中心だったまちなんですが、いまはどこが中心かわかんない(笑)。ただ、市役所とかかつてのマンモス学校はこっち側ですね。
こっち(上の部分)は観光はないけど、移住者特区にできたならという話をしているまちでもあって。こっちにはマグロがとれるまちが、こっちにはビーチがあって。
そこを拠点に会社にしよう
合同会社こっから(武井伸悟さん)
https://kokkara01.com
ネクスト・コモンズ・ラボ
Next Commons Lab。
https://nextcommonslab.jp
中村勇貴さん
中村勇貴さんが企画・運営する「IKI IKI Collective」。
https://iki-iki-collective.jp
3つ並ぶようなデザイン
sbacoの屋根はこんな感じ。
壱岐にシェアハウス
壱岐市芦辺町にあるシェアハウス「八八八」(みつばち)。
ゲストハウス
みなとやゲストハウス
https://www.minatoya-guesthouse.com
これが壱岐とすると
―― 詩摩さんって、シェアハウスもそうだし、落語もそうだし、何に惹かれていまのような暮らし、生き方をしたいと思ってきたのかな? そこを知りたいなって。
詩摩さん ほんとそうなんですよね。結局、いまも恩送りしている感じなんです。恩送りしていたら、「ありがとう」をいろいろともらっているみたいな。
―― 恩送りって何だっけ?
詩摩さん 落語の話になりますけど、師匠と弟子がいて、師匠から飯の種になる落語をたくさん教えてもらって、それで商売していくわけじゃないですか。
三遍稽古を通して口移ししていくんですが、師匠に何かお返ししたいと思う気持ちをそのまま、次の世代の人たちに恩を返していく。すごく簡単に言うと、恩を受けた人にギブアンドテイクじゃなく、違う人に何かを渡していく。
―― なるほど。では、逆に受け取ってきたものっていうのは?
詩摩さん 受け取ったもの……。そうね、いろいろと受け取っていますね。米朝師匠とか、「こういう時、こう言ってはったな、ああ言ってはったな」って勝手に受け取っているものが多いですけど(笑)、別に落語家じゃないので。
受け取っていても、自分が何かするわけじゃなく。結局、そういうおじいちゃん的なすごい人の知恵を受け取るアンテナを昔から張っていて……。
そう、もうすっごい何でも知ってるおじいちゃんみたいな人に、私は惹かれているんですね。その情報じゃない、感覚みたいなものを受け取って……。
―― また誰かに渡している?
詩摩さん そうそう。アンテナはつねにあって、あとは妄想とこじつけが好きですよね。「こことこことがつながると、これができるよね」みたいに、こじつけて(笑)。
シェアハウスって、昔でいう長屋なんですよ。醤油の貸し借りとか当たり前な、お隣との壁が薄くて、その地区には一人くらい絶対面白い人がいるから、その人の話を聞くためにみんなが集まるっていうコミュニティになっていて。
―― ああ、長屋的なものが原型なんですね。
詩摩さん そうそうそう。
―― 最初、落語の話とシェアハウスやコミュニティの話があまりつながってなかったんですが、落語に描かれている暮らしとか、その場全体に惹かれるですね。
詩摩さん そうですね。農家だと、入口に足洗いの場所があって、玄関扉を開けたら土間や水回りが集約されていて、奥が板間で畳が敷かれ、火を炊く囲炉裏があって、その奥に床の間があって。
お米が獲れるようになると、農家も裕福になってくるので、茅葺の屋根ができるようになって……、こうした家のつくりって、だいたい同じなんですね。
―― 江戸時代の頃の暮らしの風景みたいな。
詩摩さん そう。それが落語で描かれる舞台の原型になっていて、想像のなかでそこが思い描けていないと、「何のこっちゃわからへん」みたいなところもあったりするんです。
長屋もそうですが、町もそう。丁稚さん、番頭さんがいて、大旦那さんがいて、その間の人がいて……。「そいつ、アホやな」って言いながら、ものすごい知恵と運を持っていて、後々に伏線が回収されて、 ちょっと泣かせるお話になったり。
これをいまの時代の会社に例えてみると、いろんな人の感覚がわかるようなところもありますね。
―― そういう暮らしを想像して、置き換えて……。
詩摩さん そうそうそう。たとえば、声を遠くに飛ばすとか、目線を遠くに投げるとか、それだけで「ここは広いんだな」って、空間が想像できるじゃないですか。
これぐらいの広さで、この距離感でしゃべっているんだなとか、それが伝わるように、落語家が一人で全部演じているんです。そのおかげもあって、いろんなイベントをやる時、「空間が大事だな」って思うんですね。
―― そういう場をつくること自体が楽しいっていう思いもある? どんなことを心がけているんですか?
詩摩さん とにかく、高座はシンプルじゃないといけないですよね。(この場を指しながら)ここにガチャガチャいろんなものがあったり、開催する側がよかれと思って屏風の派手なやつが置いていたりすると想像って生まないので……。
そういう「これはナシです」っていうルールはあるので、私はその点は言うようにしています。初めて落語と出会うお客さんにとって、ベストなシチュエーションでね。
そんな空間で、来てくださった人たち、演者さんと創り上げる一期一会の瞬間を感じ、楽しんでいます。
恩送り
恩を返す(Pay back)ではなく、恩を送る(=Pay It Forward)。恩が未来の誰か(=forward)に伝わっていく。
米朝師匠
桂米朝(1925〜2015)。2025年には、桂米朝生誕100年のイベントが多く控えている。
一期一会の瞬間
行ったり来たりしてることで、壱岐でも落語会も実現。壱岐で上方落語家さん、シェアハウス仲間が集った。
―― 葉山に家を建てて、暮らしていくなかで、惹かれるようになったところってありますか?
詩摩さん 「ねばならない」が少ないところですかね。余白があるというか、昨日の森山神社のお祭りにしても、たくさん人は来たけれど、オープンになりすぎず、「やりたいと思ったらやればいい」くらいの距離感ですよね。
―― そういう感覚が自分にフィットしてきいてる感じ?
詩摩さん 自分の場合、「やりすぎてたな」っていう気持ちがちょっとこう……。
―― やりすぎていた?
詩摩さん 私の母は、もともと壱岐に島外から嫁いだ人なんですけど、そこで「一つ何かしてもらったら、3倍返しの意識でね」っていう生き方を身につけていたんですね。
私もそれを受け継いだようなところがあったんですけど、島の外ではそうやっていると逆に気を遣われちゃうんじゃないかって、ようやく30代後半に気づきはじめ……。
そこから引いて引いて引いて引いてみたいな、引き算することを意識するようになった感じですかね。
―― 葉山は引き算しやすい土地なのかな?
詩摩さん と思いますね。だから、イベントを企画する時も、ゴリゴリと全部余白を埋めようとする自分に、「そこまででいいよ」って正直に言ってくれる人がいて、「ああ、そうだっけ」みたいな(笑)。「じゃあ、だいぶ減らすね」「うん、これぐらいがちょうどいい」みたいなことはやっていますね。
―― 葉山で暮らしつつ、壱岐もそうですけど、いろんな土地との関わりがありますよね?
詩摩さん 壱岐は再確認したり、再発見したりする場になっていますよね。さっきの三倍返しの話にしても、母の時代の人たちが思っていたもので、いまの移住した人たちが同じことをやらなくてもいいわけじゃないですか。
彼らがまた別の目線で当たり前のスタンダードができているのを、すごく面白く見ていますね。
で、(岐阜県の)郡上に行ったりすると、ここも田舎と言えば田舎だけど、また全然違う。でも、そこで暮らしている人たちと話していると、「あっ、この部分は壱岐と一緒だね」とか、「ここは葉山にもあるだろう」とか感じたり。
島根の雲南に行って、市民や現地の高校生と対話会をした時、「悩みって、人と人との距離感が近ければ近いほど生まれやすいんだな」って思ったんですね。
嘘も方便的な嘘がつけないところで悩んで、でも、「ここしか帰る場所がない」って苦しんで……。そういう人を見ると、「逃げる場所はいろいろあるよ」って。逃げるって、カッコ悪くない。目の前にハチが現れたら、逃げますよね? そんな感覚で。でも、「逃げるべきじゃない」と思っている人って、多いと思うんですね。かつての私もそうでしたけど。
だから、そういう人の逃げ場所でもありたいなって。
―― 動いている人が逃げられる……。
詩摩さん やっぱり動いていると目立つから、その分、いろいろと言われたりするじゃないですか。でも、やろうって思いながら、やらなくなる人も見てきているから。「じゃあ、他の場所の空気も感じてみません?」って。
―― ちょこちょこ空気を入れ替えればいいのかもしれない。
詩摩さん そう。違うところで何かやっている人を見たり、逆に自分がそうなったり。そうやって、「ああ、本当にどこも一緒なんだな」って感じられたらいいですよね。
だから、何かやろうとしていて、いろいろと悩んでる人に、「こっちの地域の誰々さんとちょっと会って、しゃべってみてよ」とか言えるような関係がいいですね。
「じゃあ、ここの祭りに行きませんか?」みたいに、ふわふわふわふわ距離を近づけていったりとか(笑)。
―― 気持ちよく生きるって、そういうことかもしれないですね。
詩摩さん 無駄に近くなくても良くないですか? 週末婚でよかったりとか、いい距離感の夫婦だっているはずなのに、物理的にずっと家にいないといけないとか。「〜するべき」が強くなると、しんどくなるんじゃないかな。
―― あまり交流がないのも、逆に距離が近づすぎのも、どちらもキツかったりしますよね。
詩摩さん 仕事も家も一個に決めなくて、いろいろ選べたらいいですよね。だから、一つの場所でぐちゃぐちゃ言ってるんじゃなくて、もうちょっと分散する機会をつくって。
―― 僕たちも一つだけに定住するって感覚じゃないから、そのあたりは共感できますね。
―― これからしたいことって何かあるんですか? 「こうなったらいいな」みたいなこととか。
詩摩さん 「こうなったらいいな」は、結構、実現しているので、あまりないっちゃないんですよ。
たとえば、独身女性一人で家を建てたらおもしろくない? みたいなことを、シェアハウスの住民さんと話してたら、その人も(鎌倉の)極楽寺に家を建てました。
このシェアハウスから、壱岐に移住する人とか出てくるかもねって言ってたら、実際に移住した人もいますし。
で、壱岐のシェアハウスがIターン移住者ばかりなので、Uターンの子が入って来たらいいなって言っていたら、入ってきてくれたし……、思ったことはどんどん形になっている気がしますし、そこは感謝したいです。
―― 自然な流れで実現してきているんですね。
詩摩さん だから、遠くの目標とかあまりなくて。結局、腸の話もそうですけど、頭で考えていても悩んでしまうので、内臓が考えてくれているんだと思って動いている感じですね。
―― 詩摩さんはその感覚をどこかでつかんだんですか? それとも、もともとそういう感覚があった?
詩摩さん どこかで体感したというか、当たり前じゃなかったと思いますね。やっぱり考えすぎる人間だったから、以前は考えるだけで何日経ってんだよみたいな(笑)。
―― 落語の仕事をしていた時とか?
詩摩さん ああ、めちゃそうでした(笑)。振り返ったら、(お腹を指しながら)ここで考えるのを無視してただけで、「なんでそんな無視するの?」って怒られてたって感じですね。
―― じゃあ、あれこれ頭で考えることから離れて、その分、お腹のほうの感覚が蘇ってきて……。それって、いろんな土地に関わってきたことも関係している?
詩摩さん そうですね。さっきの「どこも一緒やな」と思うこととか。あと、健康になったことも大きかったですよね。20代前半は都会のアスファルトの上で夜遅くまで働いて、コンビニごはんばかり食べてたら、そりゃここが怒りますよね(笑)。
―― 本能的に離れたのかもしれないね。
詩摩さん そう。そこからはすごく離れたと思う。
―― 一方で、落語から大事なものを受け取っていて、それを恩送りじゃないけど、いろんな形で広げるというか。
詩摩さん いろんなことを考えすぎずにね。いや、同世代か近い世代の落語家さんを見ていて思うんですが、ワイワイワイワイいろんなこと言っていて、がんじがらめになって動けなくなるところがあるなって思っていて。
みんな一人一人だったら素敵な人なのに、(お腹を指しながら)「もっとここで感じて、どんどんやってみたら?」って言いたいところはありますね。
―― ああ、そういう感じもあるんですね。
詩摩さん ああいう暮らしのことを描きだす演者であるのに、「そういう暮らしのなかの日常が豊かなんだなあ」っていうことに、本気で気づけてないというか。そういうことより、先輩との人間関係のことばっかり言ってるから(笑)。
―― 落語の大事なエッセンスをそんなに味わおうとしていない?
詩摩さん していない(笑)。
きょん2 なんか意外。
―― そういう感覚を持った人が、もっと出てくるといいのかな。葉山でも定期的にやっているんですよね?
詩摩さん そうですね。年4回のペースで、近所のmikan屋さんでプロデュースさせてもらっていて。集客的には、だいたいお店のお客さんに聞いてもらっている感じですけど、今後はこういう場をもう少し増やしていきたい思いはありますね。
普段、なかなか落語家さんとの接点ってないじゃないですか。私の場合、「ここの場所のこんな空気で、こういう思いがある店主とやるとしたらこの落語家さんかな?」っていうことがわかるから、その両方をつなげたいですね。
―― 詩摩さんと出会って、個人的にも、だんだん落語との距離が近くなってきた感じはあるかな(笑)。
詩摩さん 聞きにいくというより、感じてもらうものだから……。
―― そうか、「落語を聞かなきゃ」って気持ちに、ちょっとなっていた気がするな。
詩摩さん 私も会を主催している時なんか、ろくに聞いてないんですよ(笑)。でも、もうフレーズで入っているじゃないですか。
マネージャーをやっていた時は、「そういうふとした言葉にみんな敏感だから、個人の感想は言うな」って先輩に言われていたけど、いまは落語家さんに求められるから、「このへんとか良かったんじゃないですか?」って(笑)。
全体はあまり聞かず、ここでお客さんのリアクションがめちゃよかったとか、新鮮な反応だったとか。話を聞いているというより、お客さんのほうを見ているので。
きょん2 わかる気がする。
詩摩さん 条件反射で感動しているお客さんとか、私はそっちを見るほうが好きなんです。
―― いやあ、いろいろと話が広がって楽しかったな。今回は、これぐらいの対話でいいんじゃないでしょうか(笑)。
詩摩さん はい、ありがとうございました。でも、こんな話でよかったんですか?(笑)
―― 大丈夫、たぶん、バッチリです。これからも、ゆっくり対話を重ねていきましょう。