nowhere HAYAMA
葉山の対話 2023ー2025 15

「自然には生命がある」
と仮定すると、
研究の手法は根本から
変わっていきますね。

金振さん JIN Zhen

三浦半島の中央部、小高い丘のうえにある湘南国際村。
その一隅にあるIGES(アイジェス)、
「地球環境戦略研究機関」の存在を知ったのは、
町制百周年の記念プロジェクトを進めていた渦中のことだった。

「サイエンスの目線で葉山の自然や風土をとらえらたら、
どんなすがたが見えてくるだろう?」

そんなことを思い描いていた矢先、
ある人を介して、IGESの研究者である金振さんのことを知った。
驚いたことに、自らプロデュースした舞台公演が、
葉山町の福祉文化会館で開催されるのだという。

2024年9月21日、まずは葉山の人たちとつくりあげた
舞台「奪還せよ!HT-1」を鑑賞。
それにしても、研究者の金さんがなぜ舞台を?
後日、IGESを訪ね、盛り上がった舞台の背景にある
金さんのライフストーリー、世界観に耳を傾けた。

金振
地球環境戦略研究機関(IGES)主任研究員。中国・吉林省生まれ。2000年に留学生として来日、2009年、京都大学・法学博士号(行政法)取得。電力中央研究所、国立研究開発法人・科学技術振興機構などを経て、現職に。
脱炭素都市戦略、GISデータ解析、環境モニタリング実証研究などのかたわら、葉山発・地球愛・郷土愛をモチーフにしたSF舞台劇『奪還せよ!HT-1』の企画・脚本・演出に携わるなど、社会活動にも積極的に取り組んでいる。

収録:2024年10月2日 @IGES(地球環境戦略研究機関)
編集:
長沼敬憲 Takanori Naganuma 
長沼恭子 Kyoco Naganuma
撮影:井島健至 Takeshi Ijima @IGES(地球環境戦略研究機関)

―― 舞台をやろうと思ったきっかけは何だったんでしょう?

金さん 「舞台やります」と言い出したのは、去年(2023年)の8月……。1年くらい前ですが、実際、町に申請を出したのは今年(2024年)3月ですね。
 ただ、3月から7月が結構忙しくて、ほとんど準備できなかったんです。なにか舞台をやりたいんだけど、どうやるか? 役者も何も決まってなかったので。

―― 実際に動き出したのは7月?

金さん 7月に動き出して、でも、脚本もまだなかったので、「とりあえずやろうぜ」という(笑)。

―― 公演が9月21日だったので、スイッチが入ったのは本当に2ヶ月前くらいだったんですね……。「タウンニュース」で記事になっていましたが、いつくらいだったんですか?

金さん 6月くらいだったのかな。この記事を見て、最初に連絡してこられたのが、奥井奈緒子さん。唯一の役者である奈緒さんにここに来ていただいて、ちょうどこの隣の部屋で「舞台をやりたいんです」って話したんです。
 内心、あまり準備はできてなかったから、どうにか捕まえようと思って(笑)。そこから、この人、あの人って紹介してもらって、あとは私の息子がお世話になったボーイスカウトの人たちともつながって、そこから動き出しました。

―― すごいですね。

金さん あと、主人公であるライトの祖母役になった、高橋洋子さんもお会いした瞬間、ピンと来たんです。本人は最初、乗り気ではなかったんですが(笑)。
 もう一人、スージーっていうAIの声を担当した女性の方なんですけど、「家族にご不幸があったので、こういうめでたい行事にはちょっと」って言うので、全然関係ないよって食い下がりました。それで、いきなり主役になったんです。

―― 公演が迫るなかで、次々キャストが決まっていった……。

金さん はい。1ヶ月ちょっと前くらいですね。人を集めていったり、稽古をしたり、技術的なものを揃えていったり……、こういうバックグラウンドの話が面白いんですよ。

―― 舞台のお話は後ほどうかがうとして、こうした舞台を始めようと思った金さん自身のストーリーを知りたいですね。そもそもなぜ日本に来て、葉山で暮らすようになったのか……。

金さん そこから話していったほうがよさそうですね(笑)私は、2000年に留学生として中国からやってきたんです。国籍はいまも中国ですが、日本の永住権も持っています。
 日本に来る前、大学の文学部を出て、地元の高校の先生になることが決まっていたんですが、赴任した初日に「辞めさせていただきます」と挨拶をして。

―― エッ、初日に?

金さん 高校への就職が決まったあと、日本へ留学したいと思って方向転換したので、挨拶だけ行ったんです。それで準備して、来日して、当時は中国はまだ貧しかったので、バイトを見つけて仕事をしていました。
 基本、勉学費は自分で稼いでいましたし、家に仕送りもしていたので、一日8時間、週6日、夜6時から深夜2時まで仕事して、朝少し寝て、学校へ行っていました。
 洗い場と言うんですが、高級クラブの厨房でひたすら食器と灰皿を拭く、料理をつくって出す仕事をやっていて、「本来であれば高校の先生になるはずが、日本に来てなんで深夜アルバイトしているんだろう?」と思っていましたね。

―― 日本のどこに?

金さん 大阪ですね。2年くらい大阪の大学の法学部に通って、その大学を仲介して、大阪教育大学の法学教育の大学院に行って、マスター(修士)を取って、そこから京都大学の博士を狙ったんですが、他の大学のマスターは認めないというので、またマスターから博士を取ることになって。
 その結果、私はいままで大阪教育大学のマスター1つ、京都大学のマスター1つ、それから京都大学の博士と、すべてクリアするのに、結局、9年かかったんです。

―― すごい……。どんな分野を専攻されていたんですか?

金さん 2009年に京都大学の法学博士を取得しました。博士論文は、建築基準法と生活保護法分野における申請権(申請人の正当な法的権利)の法的構造の解析に関する内容で、日本の過去100年の判例を調べながらまとまてました。
 お陰さまで日本語力もついていったんですけど、それは学問における日本語力で……。
 実際の日本語は、現場でアルバイトしながら、お客さんに対する敬語や従業員どうしのフランクな言い方、それを両方体験したことで立体的に学べたと思います。

―― もともと、日本語は勉強されていたんですか?

金さん 中国で勉強はある程度したんですけど、ほとんど役に立たなかったですね。間違った発音を直すのに2、3年かかったりとか、結局、現場で日本語を勉強するのが一番正確です。ただ一つの問題は、いきなり大阪だったので……。

―― 大阪弁からマスターしていったんですね(笑)。大学院を出て、どんな方向に?

金さん 大学を卒業後、日本国を退去しなければならないギリギリ一ヶ月前のタイミングで就職できて、電力中央研究所というところで働きはじめたんです。

―― ああ、横須賀にある……。

金さん 日本全国にいくつかあって、そこは支社の一つですね。私が行ったのは安孫子。ちょっとのどかな、住宅地で。

―― 千代田線の先ですね。

金さん そうそう。そこにいたんですが、結局、そこでゼロベースで地球環境とか環境政策を学ばなければならなくなって。私にとっては、あんなに苦労をして博士号を取ったんだけど、就職後の仕事には直接つながらなかったんです。

Note.1

「タウンニュース」で記事
「一色在住金さん 命ある地球、舞台で表現」(タウンニュース逗子・葉山版 2024年6月7日)
https://www.townnews.co.jp/0503/2024/06/07/736698.html


舞台をやりたいんです
『奪還せよ!HT-1』
葉山発・地球愛・郷土愛をモチーフにしたSF舞台劇

金振さんがプロデュース・脚本・演出を担当。葉山町内外の100名以上の参加者・協力者とともに、本編2幕・9シーン90分の舞台をつくりあげ、2024年9月21日、葉山町福祉文化会館で公演。


―― 専門は法学系なのに、なぜ環境政策を?

金さん その当時、日本で気候変動に関する研究が盛んになっていた時期だったんですよね。
 2005年の京都議定書の締結後、日本でも世界でもこの分野が急に盛り上がっていたため、法学理論を応用しながら気候変動政策に関わるようになっていったんです。

―― 法学とどう関係しているんですか?

金さん たとえば、気候変動に対して「いついつまでにCO₂を何パーセント削減しましょう」ということになった場合、その目標を実現するには様々な法制度が整備されなければいけない。結局、全部が法律の世界なんです。

―― なるほど、最終的に法律につながっていくんですね。

金さん 日本の行政法というのは、ドイツ行政法体系をベースにしている部分が多いので、基本理念は人権重視なんですね。だから、法律の根拠なしに個人の財産や自由を害することができないし、人に権利義務を課すこともできない。
 だけど、よく考えてください。日本で「CO₂を48パーセント削減しましょう」と言った場合、それをどう守らせるのか?
 一番手っ取り早いのは法律をつくって、企業も一律48パーセント削減しましょうというのが一番ですよね。それができないとしても、法的な基準を整備しないと何も進まないわけです。人間社会は、法律で回っているんです。
 行政法学界に「犬も歩けば行政法に当たる」という言葉があるように、(目の前のペットボトルを指しながら)ここにも様々な表示義務とか成分とか、すべてが行政法の対象なんですね。
 刑事罰に関する刑法と民法、労務とか契約とかを除いたら、ほぼほぼ行政法の世界なんですよ。

―― 行政法って、そんなにすぐできたりするものなんですか?

金さん そこは、日本の国会次第ですね。緊急の課題であれば半年でもできるんだけども、調整がうまくいかない場合には、平均で5年はかかるんですね。日本は法律のプロセスが厳密である分、効率を犠牲にしているところもあります。

―― こうした法律をベースにするなかで、だんだん環境の分野に軸足が移っていったんですね。

金さん 結局、環境も法律にたどり着くんだけども、特に地球環境に関してはグローバルな問題であるため、法律をつくればなんとかなる世界ではありません。
 国際的な合意形成が前提になるんですね。

―― 国内の法律でどうにかなるものでもないんですね。

金さん はい。合意形成に関する一つの壮大な国際バトルが、パリ協定枠組みにおける1.5度目標です。
 たとえば、工業革命時の1800年前後の時期に比べて、地球の平均温度の上昇を2度以内、できれば1.5度以内に抑えようと合意形成されたのが、パリ協定です。
 それ以降、多くの国が「2050年までにネットゼロを達成する」と宣言しています。ここが、国際バトルの末に手にした国際合意にあたりますね。

―― 科学的な根拠が希薄ということ?

金さん それは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書が一番権威を持っていて、世界中に有名な科学者たちを集めて検証して、二酸化炭素の上昇と気温上昇はどうやら関係があると、ある程度根拠づけられています。
 だから科学的根拠はありますが、地球歴史学者のなかには「何千年とか何百万年という長いスパンで見た場合、過去にはいまよりはるかに気温が高かった認識があるのに、単純に200年前後の二酸化炭素の排出量をもって地球温暖化って言ってもいいのか」と批判する人もいます。

―― どこに基準を置くか、そこが難しいんですね。

金さん 気温上昇の傾向と二酸化炭素の濃度の上昇は合うんですよ。でも、二酸化炭素という要素をなくして、人口成長率とか都市化率を入れても当てはまる。
 そうすると極端な話、「じゃあ、人口を減らしたほうがいい」という極論にもつながります。
 地球を救うことが出発点なのに、解決策を探しているうちに、一部の気候変動の主義主張は犯人捜しや魔女狩りのような行動に走ってしまうところもあるんですね。

Note.2

京都議定書
気候変動を抑えるため、先進国が温室効果ガスの削減を目指し、採択された国際ルール。主に先進国が対象。
2016年のパリ協定で、すべての国が対象になった。


IPCC(気候変動に関する政府間パネル)
IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)。1988年に設立された国連の科学的組織。


―― 価値観の分断のようにも感じますね。その背景は?

金さん そのとおり、まさに価値観の分断! そもそも、自然は一つじゃないですか。森林と海もつながっていて、そこに人が暮らしていて、人も社会も自然の一部であるはずだけど、既存の学問は自然を物質として理解している傾向が強いんです。
 大学の学問の分類を見てください。農業は農業、森林は森林、魚は魚……。そうやってどんどんと専攻が分かれていますよね。それで、気候変動の問題が大変だ、大変だと言っても、農業、森林、水産、海洋、都市も含め、二酸化炭素削減以外はまともな連携が取れてないのが現状です。

―― ホリスティックじゃないわけですよね。

金さん そう、部分しか見ていない。自然を命がある一つの仕組みとしてとらえていない。

―― 金さんは、そこにいつ気づいていたんですか

金さん 5、6年前ですかね。「この研究はおかしいよね、この研究もおかしいよね、なんでこんなおかしいことを言っているんだ」という疑問があって、それが「地球をモノとして見ているからだ」という気づきにつながっていった。
 地球は一つなのに、みんな狭い研究分野でしか地球を見ていなくて、ただそれを正当化しようとしている。
 「自然は命あるもので、地球にも意識がある」ということを仮定した場合、研究の手法はガラッと変わるんです。
 たとえば、それまで私は法律学的なアプローチだったんだけど、地球が命があるということになった途端、「自然の声をどう理解するのか? 自然の気持ちをどうすれば理解できるのか?」というアプローチに変わったんです。

―― そこが大きな転換だったんですね。

金さん 私が最近夢中になってやっているのはGISの研究なんですが、これってバリバリの理工系なんですね。
 GISとは何かというと、地図情報と様々なデータを重ね合わせ、分析・可視化する技術で、我々人類が認知できる情報に対して座標と時間軸を与え、視覚化するんです。
 たとえば、ここに置かれている携帯にも、X軸(経度)・Y軸(緯度)・Z軸(高度)・T軸(時間軸)という地球上の4つの座標があります。この4つをGISというツールに入力すると、地球上にこのぐらいの大きさのものがあることが視覚的に認知できる。
 つまり、すべてのものに座標と時間軸を与えると、「何年何日のどの時間に、このぐらいの大きさの携帯が葉山町にある湘南国際村センターにあるIGESのどこの会議室にあった」ということが、地図上で可視化されるわけです。
 これを応用すると、点群データといって、たとえば葉山町に建築物がいくつかあって、それぞれの建築物の構造、高さ、面積などの情報が入った点をたくさん入れることで、建物の立体的な映像をつくることができるんですね。


―― それが自然を知ることにつながる?

金さん 自然を命があるものとして考えた場合、まずそれをトータルでとらえなければならないですよね?
 いままでの研究では、都市計画をやっている人は交通と建築しか見ない。農業をやっている人は農業しか見ないことが多いわけですけど、自然を命と見れば全部で一つですから、その全部を俯瞰してデータを重ねていくわけです。

Note.3

ホリスティック
部分ではなく、全体として物事をとらえる考え方。ギリシャ語の 「holos」=“全体・完全な”に由来する。

GIS
Geographic Information System(地理情報システム)。


「地球に座標と時間軸を与えることは、地球と対話する一つの方法」であると、金さんはとらえている。


―― 研究対象が環境系に移ったことによって、アプローチがガラッと変わってしまったんですね。

金さん この研究をやるまではすごくつらかったんです。やっている研究がつまらなくて、でも何をすればいいのか? 45歳くらいまでは人生が暗いトンネルの中にあったんです。

―― つまらなくて?

金さん はい。それがある日、自宅で葉山の町を眺めながらハッと気づいたんです。「なぜいままで、この町のことをちゃんと調べようと思わなかったんだろう?」って。それが、葉山町を調べはじめたきっかけですね。

―― その時はもうIGESにいらして?

金さん いました。電力研究所は2012年にやめましたから。

―― その後に葉山に移住した?

金さん いえ、葉山に移住してIGESに入ったんですけど、3年くらいやって、じつは一回つらくて辞めたんです。それで他の研究所にいたんだけど、結局、IGESに出戻りです。
 ただ、戻ってきたんだけども、そんなに楽しくなかった。そのまま5年くらい経って、ある日気づいたのが、「これは環境のせいじゃなく、自分の心の問題なんだ」ということなんです。
 この時期に研究視点も変わって、「地球は命がある」という視点に立ったことで新しい景色が見えてきました。

―― 大きな視点の転換が起こったんですね。

金さん それまでの私は、自分の幸せの定義をまわりに求めていた。だから、いつになっても幸せになれなかったんです。
 そうではなく、幸せは自分のなかにあるとわかると、別に何もしなくても幸せで、明石家さんまさんはそれを「生きてるだけで丸儲け」と言っているんだと思います。
 皆さん、一生懸命座禅を組んだりするのは、その気持ちを思い出すための修行なんですよね。私も朝、海の近くにある公園で座禅を組むんですけど、自分の内側の意識と外側の世界、すべてがつながっていることが感じられます。

―― この変化が研究につながっていくわけですね。

金さん 私がいまやっている研究は、環境モニタリングを中心に自然環境のデータを取って、そこからバラバラになっていたデータを一つのプラットフォームに重ねて、「いままで見落としていた部分、なかなか感じることができなかった部分を感じられないか?」という形でやっているんです。

―― そう思った背景には、何かひらめきがあった?

金さん 簡単じゃないですか。誰かに恋をしたら、あの人が何とやっているのか、何が好きなのかと四六時中考えるはずです。環境モニタリングや環境データの見える化は、自然の気持ちを知るための観察だと思えばわかりやすいかな。

―― なるほど。観察するんですね。

金さん そう。まず見るということですね。直接自然と会話する言葉がない以上、あらゆる手段でデータを取ることで、自然と交流できる言葉が見つかるかもしれない。
 それが50年先か100年先かわかりませんけど、自分でできることをやっておくことが大事なんです。
 がむしゃらにGIS研究を3年続けたところで、葉山町から依頼があって戦略レポートを書かせていただきました。
 数年前だったらありえない話だったと思うんですけど、独学でやってるうちに評価されていったんです。

Note.4

地球環境戦略研究機関(IGES = Institute for Global Environmental Strategies)。1998年、葉山の湘南国際村に1998年に設立された、日本&アジア発の地球規模の環境戦略シンクタンク。
https://www.iges.or.jp/jp


葉山町から依頼があって戦略レポートを
葉山町地球温暖化対策実行計画 (区域施策編)策定支援事業業務成果報告書」(2024年2月)
https://www.iges.or.jp/jp/pub/hayama-machi-chikyu-ondan-ka-taisaku-jikko-keikaku-kuiki-shisaku-hen-sakutei-shien-jigyo-gyomu
葉山町屋上設置型太陽光発電設備の導入ポテンシャルの試算結果(環境経済・政策学会 2023年大会)
https://www.iges.or.jp/jp/pub/20230930/ja


―― 葉山町のどの課から来たんですか?

金さん 環境課からですね。2020年、国が「250年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現」を宣言したことを受け、葉山町でも、温室効果ガス排出量の実質ゼロを表明する「はやま気候非常事態宣言」を発表しました。
 要は、脱炭素に向けた行政計画をつくるわけですけども、計画には科学的な根拠が必要なんです。
 いま、二酸化炭素の排出量、吸収量はどのくらいか? これをゼロにするのに、何年までにどのくらい削減していくか? 基礎的な調査をして、先ほどお話しした太陽光パネルの分量なども報告書に盛り込まなくてはならない。

―― 太陽光パネルを建築物の上に置くということですか?

金さん 葉山は土地が少ないので、森林を削るか、建物の屋根に載せるか、どちらかしかないんです。
 とはいえ、建物の耐震性とか、建築物の大きさとか、屋根の形とかいろいろとあるから、建物がいくつあるからいくつ導入できるという、そんな簡単な問題ではないです。災害エリアとかに位置している家はそこから抜くとか、ちゃんと実態に合うようにGISで計算する必要があるんですね。
 あとは、葉山町全体でどのくらい森林の吸収量があるのか? 二酸化炭素の排出量と吸収量、プラスマイナス、この二つを合わせてネットゼロということになります。

―― ネットゼロって、そういうことなんですね。

金さん そうです。いま盛んに言われているのは、1.5度のために、2050年までに人類が人為的な活動によって排出した二酸化炭素をゼロにしなきゃいけないということです。
 日本の自治体の6〜7割が2050年までにネットゼロにしますと宣言していますが、それを実現するには、自治体ごとに計画をつくらなきゃいけないですよね。
 じゃあ、建築物でどのくらい減らして、農業でどのくらい減らして……、計画をつくるには膨大なデータと計算量が必要なんです。葉山町の依頼を受けて、そうした基礎的な調査をやったのが今年の2月でした。

―― どんな苦労がありましたか?

金さん 報告書の執筆にあたって、GISデータを根拠に定量分析を行った部分が結構あります。
 しかし、森林や海(特にブルーカーボン)のGISデータは古いものしかないので、当初、現状分析には自信がありませんでした。そこで、ドローンを飛ばして森林をスキャンし、そこから取得したGISデータをもとに森林全体を計算したんです。

―― 実態を知るため、既存のデータに頼りすぎず、できることをやろうとしたんですね。

金さん 私は半分好きでやっていますね。少人数でやっているので、あまり予算もかからない(笑)。

―― どれくらいまで見えてきているという思いはあるんですか?

金さん どのくらい見えるか? 多分、それは無限だと思う。無限にリアルにできる、自然にはそれだけのポテンシャルがあるのでゴールはないですね。

―― いままで感じられなかったことが感じらられるようになった、そういう感覚はありますか?

金さん 感じるというよりは、物事に対する見方が変わりましたね。単純に一つのパーツを見て結論を出すということはやらなくなったと感じています。
 研究にかぎらず、何でもそうですけども、皆さん、フォームで生きているじゃないですか。
 魂はみんな一緒なんだけど、フォームが違うから、お互いに区別しながら生きている。そういうフォームは、秩序をつくるという意味では大事なんだけど、あまりこだわると肩書きとか形式とかプロセスとか手続きが増えてしまう。

―― フォームの奥にあるものが大事ですね。

金さん はい。誰しもそうなんですけど、相手に与えた快楽や喜び幸せに応じて、評価が生まれる。そして、相手に求められる、相手に頼りにされている程度によって、幸福度って決まってくる、私たちはそういう生き物なんです。
 昔の自分は、まわりから見れば輝かしく見えたかもしれないけど、(胸のあたりを指しながら)ここはスカスカ、それは心が本当に正しいと思っていることをやっていなかったからです。
 ただ、研究をやっているうちに地球の気持ちを聞かなきゃいけないと考えが変わったことで、これまでやってきたパーツがはまって、いろいろなことがまわるようになった。
 人間って、思いっきり行動を起こすことで、手段が変わるんです。全部一回捨てて、変人に見えたかもしれないけれど、私のなかで正しいと思えることをやってみたんです。

Note.5

ネットゼロ
二酸化炭素の排出量と吸収量を釣り合わせ、実質的にゼロにするという意味。

ブルーカーボン
海洋生態系によって吸収・貯留される炭素(二酸化炭素)。海藻など、海の植物によって吸収されるCO₂が対象。


―― 舞台を始めたことも、ここにつながってくるわけですね。

金さん 研究者として人様に役に立つ、人様に感動を与えるような手法として、論文以外に何かあるか? そう考えた時、「舞台しかない」と思ったんです。
 自分が伝えたいと思っていること、感動したことを伝える手法を探しているうちに、「舞台をやろう」という思いが湧いた。だから、やっちゃったんですね(笑)。

―― それにしても、研究者が舞台を手がけるというのは、ちょっと唐突な印象もありますよね。

金さん そこにはもう一つ伏線があって、私は中学、高校の頃、映画監督になりたかったんですね。
 その時は親の反対で断念したんですけど、それがネックになって、心のなかで「自分の人生がうまくいってないのは親に反対されたからだ」って思っていたところがあったんです。
 いま思えばそれは幻想で、本当はやろうと思えばできるじゃないですか。いままでそれを親のせいにしていた、それがいかに馬鹿なことだったか……、いろいろなことが重なってわかってきたのは、つい最近のことなんですね。

 だったら、舞台をやることで、映画監督の夢を実現してもいいんじゃないか。そう思って葉山町に申し込んで、実績なんてまったくないのに通ったんです。もしかしたら、「金さん、レポートもすごく頑張ったし、彼ならなんかやってくれそう」って思ってオッケー出したのかもしれない(笑)。

―― なるほど、そういう経緯があったんですね。

金さん ただ、公演が近づいているのにこちらからアクションがないから、行政のほうが心配になって「大丈夫? 金さんのワンマンショーになるんじゃないの?」とか言って(笑)。

―― 確かに大丈夫かなとは思ったでしょうね(笑)。

金さん 舞台をやるにあたって、私は本物にこだわっていたので、まず脚本を自分で書こう、役者も全部自分がアサインしようと思って、経験がない人たちと衣装、化粧、音楽、あらゆることを全部、交渉しながらやりました。
 あと、稽古のプロセスもすごく大変だったんです。何の実績もない人がいきなり出てきて、舞台あるんですよ、脚本もないくせに舞台あるんですよって(笑)。
 頑張ってとりあえずやっていくうちに、1名、2名と仲間が増えていって、ふたを開けてみたら100人くらいが集まって、本当に有難かったです。

―― とくに苦労したのは、どのあたりですか?

金さん 舞台では「絆」をテーマにしたんですが、これをどう表現するか? 皆さんが思う絆は、喧嘩した二人で和解して、涙を流しながら抱き合うようなシーンですよね?
 私のイメージは、それとはちょっと違っていて……。葉山らしい絆って何なのか? それを物で表現しようと思って探していたら、偶然、南郷中学校の校長先生に「吹奏楽部の力を借りたい」と相談に行った時、ふっと壁に飾ってあった絵が目にとまって、それがオブジェの原型だったんです。

―― 舞台の最後に登場する海洋ゴミのアートのことですね。

金さん はい。これがHT-1の原型だと思って、「使わせてください」ってお願いしたら、後日、学生さんから連絡が来て、「お手伝いしたいと思ってます」って。
 それで会って、「何ならこれの30倍くらいのものをつくってほしい」って注文したんです。結局、50倍以上ある大きなものが、公演2日前にやっと出来上がったんです。

南郷中の学生たちが制作した作品「HT-1」(葉山の宝第1号)

―― ああ、直前にできたんですね。HT-1は、確か「葉山の宝第1号」の略で……。

金さん そう、それまでみんなエアーでやったんです(笑)。HT-1って誰も見たことないから、直前まで想像だけで「これがHT-1だ」って言ってたんです。
 ストーリー上、登場人物らが捜しもとめていたHT-1とは人工知能のことでしたが、「本当の宝物は絆ですよ」というのが舞台のコンセプトです。
 つまり、本来なら捨てられるゴミを集めて、愛情を吹き込んだ中学生らのゴミアート作品こそが葉山の宝物第1号であり、それは物と物の絆、物と人の絆、さらに言えば人と自然、地球の絆の大切さを具現化したシンボル的な存在です。

―― 絆というのは、人と地球のつながりでもあったんですね。

金さん 舞台の最後、AIのスフィア地球儀がしゃべっている場面があるんですけど、当初は美しい地球でみんなが仲良く暮らしている映像を流そうと思っていたんです。
 でも、稽古の映像だったり、学生たちがアートをつくっている映像を入れたらすごくリアリティがあって、かえってよかったなと思っています。

Note.6

舞台を始めた
SF舞台劇『奪還せよ!HT-1』より
(2024年9月21日 葉山町福祉文化会館)








HT-1の原型
葉山町立南郷中学校の校長室に飾られていた海洋ゴミのアート。


AIのスフィア地球儀
舞台に登場したデジタル地球儀。
京都芸術大学教授の竹村眞一さんが開発。金さんと竹村さんの交流から、舞台でのコラボレーションが実現した。
https://sphere.blue/


―― 舞台の準備も大変だったんじゃないですか?

金さん 制作に関しては、後半に入ったらトントン拍子で、本当に奇跡のような経験が続きました。
 たとえば、こんな技術が欲しいと言ったら、誰かが「こんなものあるんだけど使わない?」って連絡してくれたり、技術、人、いろんなソリューションが、公演に向けてパッパッパッとつながっていったのが不思議でしたね。

 参加した皆さんには本当に申し訳ないですけど、脚本が最終的に出来上がったのは8月上旬で、本番まで1ヶ月くらいしかなかったんです。もっと時間があったら舞台のクオリティも上がっていたと思うんだけど……、でも、準備から本番にいたるまで、すべてが一番いい選択だったと思うんです。
 だって、舞台が終わった後、皆さん泣いていましたから。みんな信じられなかったんだと思います。

―― 信じられなかった? やり遂げられたことが?

金さん みんなスケジュールがあるし、結局、全員が集まって稽古してたことって、ほとんどなかったんです。
 各自がバラバラで稽古していて、本番が迫っていた前日も朝9時から集まる予定だったんだけど、全員が集まったの午後2時くらい、これが初めての全員集合でした。
 午前中は、照明の位置だったり、映像のタイミングだったり、そういう確認で終わってしまったから、この段階でも通しの稽古ができていなかったんです。
 本番当日の午前中のリハーサルでも、みんなセリフは飛ぶわ、機材トラブルがあるわ、本当に大丈夫かなって感じだったのが、本番になったらすべてがスムーズに進んで、稽古が60点だったら本番は120点出せたんですね。

―― すごい、きっとゾーンに入ったんですかね?

金さん 一週間前まで棒読みだった役者たちが、ちゃんとセリフを発していて、本当にプロらしく見えましたし、みんなゾーンに入っていたかもしれません。

―― 終わった後、開放感はありましたか?

金さん 開放感も達成感もあるんだけど、「なんかすごいことやっちゃったな」っていう感覚がありましたね。
 みんな、普通ならやれないようなことを成し遂げたから、「あれって夢じゃないよね」って。ふっと稽古の風景を思い出して泣いてしまった人がいたようですし、うちの奥さんも、舞台の話をしたら急に泣き出したりしてね。
 子供も大人もここに来て、仲間ができて癒やされて、舞台をやることの楽しさを感じて、実際に役者になって演じて……、みんな初対面の人が多いんですが、私が細かい指示を出さなくても、最後は自発的に連携するようになって。
 最初の脚本では、クライマックスの場面に登場する演者はせいぜい10人ぐらいだったのが、本番の舞台では30人以上が上がって、フィナーレを迎えたんです。幕を閉じた後、舞台裏でみんな抱き合って、あっちこっち泣いて……。

―― 本当にすごい体験だったんですね。今後にどうつながっていきそうでしょうか?

金さん 第2弾ですよ。まず来年かなあ(笑)。

―― 地域の人たちとさらにつながって?

金さん もちろんです。地域課題に対して具体的に何をやるか? それを解決するに最も適切な方法は何なのか?
 今回、たまたまそれが舞台だったんですが、他の地域の課題だったら、祭りかもしれないし、場合によってはどこかの団体や企業とコラボレーションすることかもしれない、
 そこはわからないので、舞台のようなフォームを先に当てはめるんじゃなく、課題をまず特定して、そこに合ったフォームを見つけていく、それが私のやり方かなと思いますね。

―― 研究と表現活動が、さらに融合していくといいですよね。

金さん ことし(2024年)、葉山ではおなじみのビーチサンダルを製造・販売する「げんべい商店」の葉山英三郞さんから、「コロナ禍で製造中止されて揃わなくなったビーサンのソールを活用できないか」という提案を受け、活用方法を作品としてつくってもらうコンテストも行ったんです。

―― すごい。舞台の前にそんなこともやっていたんですね。

金さん はい。「ゲンベイさんとSDGs」というテーマで募集したところ、100点を超える作品が集まり、7月に葉山福祉文化会館で審査し、作品のお披露目をしました。
 今後も、皆さんの声を聞きながら、地域密着型の研究活動を展開していきたいと思いますね。

―― 金さんの研究そのもの、環境モニタリングのことをもっと知りたいという人もいると思いますよ。いろいろな場でもっとシェアしていきたい思いはありますか?

金さん もちろん、あります。

―― 葉山町制百周年を機に、何か一緒にできるといいですね。これからもよろしくお願いします。

金さん はい、今日はじつに楽しい時間でした。こちらこそ、よろしくお願いします。

Note.7

地域課題に対して何をやるか?
求められる人類社会と地球環境との“絆”


げんべい商店

ビーチサンダルのげんべい商店
https://www.genbei.shop


コンテスト
「げんべいビーチサンダル・アップサイクルコンテスト」より(2024年7月)